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婚約者に店を売られたので、従業員全員と向かいに新しい店を開きます  作者: 渋谷 爽月


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第24話 菓子祭りへの招待状

「初めてのお客様には、得意なものを食べていただく方がいい」


 マルタが蜂蜜ケーキを指した。

 テオは麦の小石を見ている。


「外で食べやすい方が、買いやすくありませんか」

「食べやすくても、足を止めてもらえなければ」


 二人の意見は、どちらも正しかった。

 私は祭りの資料を読んだ。

 会場は河畔の広場。屋台の並びを歩き、立って食べる人が多い。小さな子も、遠方からの客も来る。


「蜂蜜ケーキを、そのまま持っていくのは難しいわね」


 マルタの目が細くなる。


「味を薄くするつもりかい?」

「食べ方を変えたいの」


 ニナは祭りへ行った時の記憶を話した。子供を連れた人は、財布と手を同時に使えない。皿がいる菓子は、座る場所がないと食べにくい。

 ポールは運ぶ箱の大きさから、持ち込める数を出した。

 味だけで決めようとしていたマルタとテオも、二人の紙を見た。


「売り場までが、菓子作りなんですね」


 テオが言う。私は頷いた。厨房で完璧にできても、客が受け取れなければ届かない。試作の皿の横へ、今度は包み紙も置いた。


 小さく焼くと、表面が多くなって乾きやすい。

 包むと蒸気がこもる。

 切って持っていくと、崩れる。

 その午後は、三人で失敗した菓子を並べた。


 テオが麦の小石を半分に割る。


「中へ、何か入れるなら」

「蜂蜜の生地を?」

「林檎はどうでしょう。瓶詰めの、水分を少し減らして」


 私は小さな型へ生地を入れ、煮詰めた林檎を置いた。

 上から、薄い生地を重ねる。

 焼き上がりは重すぎた。次は林檎を減らす。


 マルタは、最初、何も言わなかった。

 四回目の試作を食べると、蜂蜜の量を少し変えるよう言った。


「林檎が甘いなら、生地まで同じ甘さにしなくていい」


 私は頷き、母のレシピ帳へ手を伸ばす。

 その手が止まった。

 書かれた量を変えれば、もう、母の味ではないのだろうか。


 マルタが私の指先を見た。


「変えることが、怖い?」


 私は帳面を閉じずに頷いた。

 母の店を失ってから、母の味まで失うのが怖かった。

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