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婚約者に店を売られたので、従業員全員と向かいに新しい店を開きます  作者: 渋谷 爽月


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第23話 家に帰れる店で働きたい

「夕食の時、下の子が、もう寝ていまして」


 ポールはそれだけ言って、帽子の縁を撫でた。

 私は作業表の最後の欄へ、帰宅時刻を書いた。


「配達を増やすなら、人も増やさなきゃいけません。でも、今すぐ雇えるほどではありませんね」

「そうね。まず、範囲と回数を変えましょう」


 届ける曜日を区域ごとに決めた。

 当日注文の遠方配達は受けない。

 店の片づけは、毎日二人で交代する。


 ニナも言った。


「休みの日に予約の返事を持って帰るのも、やめたいです」


 私は驚いた。

 返事を頼んだ覚えはなかったが、彼女は翌日の仕事を楽にするため、自分でしていた。


「持ち帰らずに済むよう、閉店前に確認する時間を作りましょう」


 テオは仕込みを覚える日を決めたいと言った。

 マルタが忙しい日に聞くと、邪魔になると思って黙っていたらしい。


 表の空白が埋まっていく。

 無理をする人を探すより、仕事を置く場所を探した。


 遠方配達の変更には、不満の声もあった。前は毎日来てくれたのに、と言われる。

 私は謝罪と新しい曜日の案内をした。全部の希望には応えられないが、約束した日には届けると伝えた。

 ポールは、返事を自分へ任せきりにしなかったことに礼を言った。


「配達先で断ると、俺の都合だと思われることもあるので」


 決めた人が説明する。実際に客の前へ立つ人へ、言いにくい役だけ渡さない。それも、私の仕事だった。


 その週、ポールは夕食前に帰れた。

 翌朝、子供から預かったという絵を持ってくる。

 緑の扉と、丸い菓子。店の横には、帽子をかぶった人がいた。


「父ちゃんが、お菓子を運ぶ店だそうです」


 ニナが額に入れたいと言う。

 ポールは恥ずかしがったが、子供の承諾を聞いてくると約束した。


 午後、商店組合の使いが来た。

 月末の菓子祭りに、一枠空きができたという。

 出店料、設備、搬入時間を確認する。


「一店につき、主力商品はひとつです」


 使いが帰ると、厨房が静かになった。

 母の蜂蜜ケーキか。

 売れ始めた麦の小石か。

 マルタとテオが、同じ机の上へ、それぞれの皿を置いた。

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