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婚約者に店を売られたので、従業員全員と向かいに新しい店を開きます  作者: 渋谷 爽月


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20/50

第20話 値段で勝てないなら

 最初に訪ねたのは、仕立屋だった。

 試食を売りつけるつもりはないと伝え、忙しい時間を避けて質問する。


「菓子を買う時、困ることはありますか」


 主人は針を置いた。


「贈る相手が、何を好きか分からない。高い箱を買って、食べられなかったことがある」


 次は宿屋。

 女将は日持ちを尋ねた。旅人が翌日持ち歩けるものがほしいという。

 花屋は、カードに名前を書いてほしいと言った。


 私は紙を埋めた。

 甘さ。数量。持ち歩く時間。贈る目的。

 菓子の味を聞きに来たつもりが、その前と後の話が増えた。


 最後にアルノーさんの工房へ寄る。

 奥さんが、小さな箱を出してくれた。


「娘から届いた箱なの。中身も好きだったけれど、この紙が嬉しくて」


 底には手書きのカードがあった。

 誕生日でも記念日でもない、短い近況。

 私は母から届いた手紙を、まだ全部持っている。


 訪問の途中で、断られた店もあった。忙しいからと短く返された時、私は思ったより傷ついた。

 同行したポールが、時間を変えて聞くか、今回はやめるかと尋ねる。


「今日はやめましょう」


 相談を聞いてもらうことも、相手の時間を使う。新しい店が困っているからといって、全員に助けてもらえるわけではない。

 私は礼を言い、道の端へ移った。紙には、聞けた内容だけを書く。断られた理由を勝手に作らず、こちらが訪ねた時刻を残した。

 売り込みにも、相手の都合を待つ技術が必要だった。


 店へ戻り、ニナと箱を組んだ。

 高価な飾りはつけない。小さな仕切りを入れ、二種類か三種類を選べるようにする。

 カードは希望する人だけ。代筆も引き受けるが、その時間を料金へ入れた。


 テオが小石を持ってきた。


「これも、入りますか」

「ええ。崩れにくいから、旅の贈り物に」


 彼は箱へ一つ置き、向きを直した。

 マルタは日持ちの違う商品を混ぜないよう、組み合わせを書き出す。


 その夜、アドリアンへ相談した。


「箱の仕入れ先を知りませんか。数は、まだ少なくて」

「大量発注の方が単価は下がりますが、今は小口で買える店がよさそうですね」


 彼は利益率のよい方を、一方的に勧めなかった。

 私は訪問で聞いた話をした。

 アドリアンはカードを眺める。


「商会でも、礼を伝える贈り物はよく使います」

「ご注文ですか?」

「まずは、私個人で。ひとつ、お願いできますか」


 宛名を尋ねると、彼は少し迷った。


「祖父へ」


 私は、甘い菓子を断れなかった少年の話を思い出した。

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