第19話 半額の看板が立った朝
昼までに来た客は、いつもの半分だった。
向かいには列がある。
テオが生地のボウルを抱えたまま、窓を見ていた。
「こちらも、少し安くすれば」
私は帳簿を開いた。
半額にすると、売るたびに材料と賃金の一部を持ち出す。
たくさん売れるほど、給料の袋は薄くなる。
「今のままの菓子を半額にはできないわ」
「でも、このままだと」
「今日は、作る量を減らしましょう」
テオが口を閉じる。
彼には、後退に見えたのだろう。
私にも、そう見えた。
ニナは売れ残りそうな量を確かめ、午後の仕込みを止めた。テオの顔が曇る。
「作るのを止めたら、負けたみたいです」
マルタが生地を冷蔵箱へ入れた。
「今日使う分を減らすんだよ。腕まで止めるわけじゃない」
私は、空いた時間を新作の試験へ回すことにした。焼き方を変えた小石を、明日食べ比べる。売れない時間が全部無駄になるわけではない。
窓の向こうを見る回数が、少しだけ減った。こちらの厨房にも、次へ進む仕事を置けたからだ。
午後、アルノーさんが来た。
手には旧店の紙袋もある。
「向こうのも買ったよ。孫が大勢来るからね」
私は笑顔を保った。
「こちらでは、いつもの二つを?」
「ああ。家内の分は、ここで」
お客様は、私たちの陣営に所属しているわけではない。
安いものを買う日も、好みを選ぶ日もある。
それを裏切りと感じたら、店に立てなくなる。
閉店後、私は残ったパイを数えた。
明日売れない分は、今日の失敗だ。
従業員で分けても、帳簿から消してはいけない。
ニナが、客の言葉を書いた紙を広げた。
「今日は、贈り物の相談が二件ありました。向こうの半額商品は、大きな箱で同じものが入っています」
「こちらなら、組み合わせられるわね」
「ただ、まだ誰もそれを知りません」
私は明日の午後、常連を訪ねることにした。
売り込みの前に、聞くために。
ポールが道順を組む。
テオは仕込み量を直した。
向かいの行列は、夕方まで続いていた。
私は窓の内側から、その列をもう一度見た。
あの全員を奪い返す必要はない。
私たちが役に立てる人を、まだ、十分に知らないだけだ。




