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婚約者に店を売られたので、従業員全員と向かいに新しい店を開きます  作者: 渋谷 爽月


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18/50

第18話 向かいの店から、買収の申し出

 封筒には、融資残高をすべて返せるだけの金額が書かれていた。

 さらに、従業員の雇用を維持する。私には商品監修の役職。


「設備投資も当商会が持ちます。今の規模では、注文を断ることも多いでしょう」


 ガスパールは、私たちの予約帳の厚さを見ていた。

 条件は、最初の強引な引き渡しより、ずっと整っていた。


「私の役職に、価格や採用の決定権はありますか」

「最終決定は当商会です」

「商品を増やす時も?」

「生産計画に従っていただきます」


 私は書類を伏せた。


「お断りします」


 返事をしてから、呼吸を整えた。


「一人で決めず、従業員へ確認する時間をいただけますか。雇用のお話もありますから」

「一週間、待ちます」


 彼は、少し意外そうだった。

 私が全員の代わりに答えると思っていたのかもしれない。


 私はガスパールへ、なぜ今の店を欲しいのか尋ねた。


「設備ではありません。再現できる製品と、その作り手です」


 彼は率直だった。旧店を買った時は、それらも揃うと思っていたという。

 最初からそう確認してくれていたら、違う話ができたかもしれない。だが、今は私たちが新しい費用を負い、新しい約束を結んでいる。

 困っている時に示された金額だけで、全部を戻すことにはしたくなかった。私は返事の期限を紙へ書き、書類を預かった。魅力があるからこそ、急いで決めない必要があった。


 閉店後、条件を読み上げた。

 ポールは給料の額を確認する。ニナは休暇、テオは開発、マルタは現場の裁量を尋ねた。


「いい条件ですね」とポール。

「ええ」

「でも、向こうが決めた配達を、全部受ける店には戻りたくありません」


 マルタは私を見た。


「店長は、どうしたい?」

「ここを続けたい」

「なら、続けるための計算をしましょう」


 感情だけで買収を断るのではない。

 融資を返せる見込み、忙しくなった時の対応、設備の補修。

 ひとつずつ紙へ書いた。


 期限より早く、私はガスパールへ返事をした。

 彼は書類を受け取り、頷く。


「では、同じ通りの菓子店として競合します」

「はい」


 翌朝、旧店の前に、大きな看板が立った。


『人気の蜂蜜ケーキ、半額』


 私は窓を閉めずに、その文字を見た。

 独立したということは、守られずに選ばれる場所へ出たということでもあった。

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