第18話 向かいの店から、買収の申し出
封筒には、融資残高をすべて返せるだけの金額が書かれていた。
さらに、従業員の雇用を維持する。私には商品監修の役職。
「設備投資も当商会が持ちます。今の規模では、注文を断ることも多いでしょう」
ガスパールは、私たちの予約帳の厚さを見ていた。
条件は、最初の強引な引き渡しより、ずっと整っていた。
「私の役職に、価格や採用の決定権はありますか」
「最終決定は当商会です」
「商品を増やす時も?」
「生産計画に従っていただきます」
私は書類を伏せた。
「お断りします」
返事をしてから、呼吸を整えた。
「一人で決めず、従業員へ確認する時間をいただけますか。雇用のお話もありますから」
「一週間、待ちます」
彼は、少し意外そうだった。
私が全員の代わりに答えると思っていたのかもしれない。
私はガスパールへ、なぜ今の店を欲しいのか尋ねた。
「設備ではありません。再現できる製品と、その作り手です」
彼は率直だった。旧店を買った時は、それらも揃うと思っていたという。
最初からそう確認してくれていたら、違う話ができたかもしれない。だが、今は私たちが新しい費用を負い、新しい約束を結んでいる。
困っている時に示された金額だけで、全部を戻すことにはしたくなかった。私は返事の期限を紙へ書き、書類を預かった。魅力があるからこそ、急いで決めない必要があった。
閉店後、条件を読み上げた。
ポールは給料の額を確認する。ニナは休暇、テオは開発、マルタは現場の裁量を尋ねた。
「いい条件ですね」とポール。
「ええ」
「でも、向こうが決めた配達を、全部受ける店には戻りたくありません」
マルタは私を見た。
「店長は、どうしたい?」
「ここを続けたい」
「なら、続けるための計算をしましょう」
感情だけで買収を断るのではない。
融資を返せる見込み、忙しくなった時の対応、設備の補修。
ひとつずつ紙へ書いた。
期限より早く、私はガスパールへ返事をした。
彼は書類を受け取り、頷く。
「では、同じ通りの菓子店として競合します」
「はい」
翌朝、旧店の前に、大きな看板が立った。
『人気の蜂蜜ケーキ、半額』
私は窓を閉めずに、その文字を見た。
独立したということは、守られずに選ばれる場所へ出たということでもあった。




