第15話 弟子の菓子を、棚に並べる日
「子供でも、割らずに持てるようにしました」
テオは菓子をつまんだ。
くぼみに親指を当てると、小さな手でも落としにくい。
蜂蜜を少しだけ使い、表面には炒った麦を散らしていた。
マルタが半分を食べる。
「味はいい。厚さが揃えば、焼きむらも減るね」
翌日、試作を重ねた。
棚へ置く数は十二個。名前は『麦の小石』。
ニナが描いた札の端に、テオの名前も小さく入れた。
「僕の名前、いるでしょうか」
「作った人が、ここにいるでしょう」
彼は耳を赤くした。
午前中は、一つしか売れなかった。
昼過ぎ、テオは厨房から何度も棚を見た。
マルタに、見るたびに増えるわけじゃないよ、と言われる。
午後、以前最後の菓子を買った男の子が来た。
「これ、いくら?」
硬貨を数え、ちょうど二個買えると分かる。
ひとつは自分に。ひとつは母親に。
男の子は小石を持って、嬉しそうに帰った。
そのあと、灰色の髪の女性が来た。
近くの学び舎の先生だった。
「今、あの子に一口もらったの。遠足のおやつにできるかしら」
注文は三十個。
テオが厨房から飛び出しそうになったのを、私は手で止めた。
「日程と、食べられない材料のあるお子様を確認させてください」
数量、受け渡し、包装。
全部を書き留め、代金も決めた。
安くする代わりに、一袋ずつ同じ包装へ揃える。時間が読めるようになった。
私はテオへ、見本の一つを残すよう頼んだ。注文の日に、同じ大きさを確かめるためだ。
「今日うまくできたことを、次もできるように残しましょう」
テオは重さと厚さを紙へ書いた。マルタが焼き時間を足す。
彼の菓子が、彼の機嫌や勘だけに頼らず作れるようになっていく。自分の技術を隠すより、誰かと確かめる方が、店では強いのだと思った。
先生には材料の一覧も渡すことにした。楽しい遠足のおやつを、食べられない子が黙って受け取ることのないように。
先生が帰ると、テオは札を見つめた。
「本当に、売れました」
「売れたわ。次は、約束の数を同じように作りましょう」
彼は頷き、残っていた小石をひとつマルタへ渡した。
「厚さ、見てください」
私はその横で、予約帳を開く。
母の菓子の隣に、テオの菓子の注文が並んでいた。
店は、少しだけ、母の知らない場所になった。
閉店前、アドリアンが帳簿を受け取りに来た。
試食を勧めると、彼は一瞬だけ迷った。
その迷いを、私は初めて見た。




