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婚約者に店を売られたので、従業員全員と向かいに新しい店を開きます  作者: 渋谷 爽月


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13/50

第13話 売り切れたのに、赤字でした

 開店から五日目、棚が初めて空になった。

 テオが天板を洗いながら、鼻歌を歌っている。

 ニナは『完売しました』の札を、何度も眺めた。


 私は帳簿の数字を三度足した。

 答えは変わらなかった。


「赤字です」


 全員の手が止まった。


「売り切れましたよね」とテオ。

「売り切れたわ。でも、値引きと試食、それから仕込みの増えた時間。全部入れると、足りない」


 開店記念だからと、一割引きにした。

 小さな品にはおまけをつけた。予約の人には、遠回りの配達も同じ料金で受けた。

 ひとつずつは、親切だったつもりだ。

 まとめると、働いた人のお金を削っていた。


 テオは値引き前の価格を書き出して、しばらく見ていた。


「僕、材料だけなら足りていると思っていました」


 私は彼の紙の横へ、焼く時間と包む時間を書いた。

 火を入れ、冷まし、片づける。接客する人も、箱を届ける人もいる。


「自分の仕事を安く見積もると、ほかの人の仕事も一緒に消えてしまうのね」


 これは彼を叱る話ではなかった。最初に値段を決めたのは私だ。

 私は赤い鉛筆で修正した欄を残した。最初から正しく決めたことにするより、間違いを直した跡が見える方が、次に役立つはずだった。


 ポールが配達表を置く。


「昨日の西門は、往復一時間半です。悪い客じゃないんです。でも、受けるなら代金が必要です」


 私は頷いた。


「開店記念は、予定どおり明日で終わりにします。配達は区域と料金を決めましょう」

「お客様、減りませんか」


 テオが不安そうに聞く。

 私は答えるまで、少し待った。


「減るかもしれない」


 簡単に大丈夫とは言えなかった。


「でも、このままだと、たくさん買っていただいても続かない。店がなくなったら、お客様も買えなくなる」


 ニナが、贈り物用の包みを持ってきた。


「安いものがほしい方もいます。でも、小さくていいから良いものを、という方も。ひとつの大きさだけにしなくても」


 ケーキを半分の大きさにする。

 材料だけでなく、切って包む手間も計算する。

 家族用は大きく、贈答用は小さく。余計な値引きをせず、選べるようにした。


 夜、私は『記念価格終了』の案内を書いた。

 書き終えると、指先が冷たかった。

 拒まれるのが怖い。

 値段をつけることが、自分の価値を試されることのように思えてしまう。


 マルタが隣へ椅子を引いた。


「お母様も、毎回そういう顔をしていたよ」

「そうだったの?」

「でも、給料の日に笑えないより、値札をつける日に悩む方がいいってね」


 私は案内を、明日の窓へ貼った。

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