第42話 サツエキで三時間
集合は十一時、JR札幌駅の改札前だった。
実結が着くと、沙織さんがすでにいた。「実結、こっちこっち」と手を振った。
テニスラケットを振るかのように大きく。
人が多い改札前で、全員に届くような声と手振りだった。
「早いですね」
「佳奈が遅刻するから、先に来た」
佳奈さんは五分後に来た。OM-4Tiを首にかけていた。「遅れてない」と言った。
「ギリギリは遅刻と同じ」と沙織さんは言った。
「違う」と佳奈さんは言った。
美穂さんは一番最後に来た。「ごめん」とだけ言って、特に謝った感じはしなかった。
* * *
四人で地下街に降りた。
夏の札幌は、地下に人が集まる。
外が暑いから、自然と地下通路を歩く。
冬は寒いから地下を歩く。
この街は年中、地下が動いている。実結はそれを、最初に来た春に不思議だと思っていた。今はもう、当たり前になっていた。
先頭を歩くのは沙織さんだった。行き先を決めて、振り返らずに歩く。「このお店が新しくなったんだよ」「ここのソフトクリームが美味しいらしい」と情報が絶えなかった。
美穂さんが途中で立ち止まった。
カメラ用品の店だった。ショーウィンドウにレンズが並んでいた。
「見ていい?」と美穂さんが佳奈さんに聞いた。
「どうぞ」と佳奈さんは言いながら、店の前の床に降りる光の角度を見ていた。
実結は美穂さんと一緒に店に入った。美穂さんはレンズのケースを一つ一つ確認していった。値段を確認して、スペックを確認して、また次を見る。
「カメラ、好きなんですか?」
「機械が好きなだけ」と美穂さんは言った。「写真は撮らないけど、構造は面白い」
「どんなところが好きなの?」
「光を集めて、記録する、というシンプルな話が、こんなに複雑になってるのが面白い」と美穂さんは言った。「瀬川くんも似たことを言ってた。音を記録することに執着してるって」
「そうなんですね」と実結は言った。「美穂さんと瀬川さん、よく話すんですか?」
「まあまあ。図書室で会うことが多くて」
沙織さんが外から「何してんの、早く来て!」と呼んだ。美穂さんは「はいはい」と返して、でも最後にもう一枚だけレンズのケースを確認してから出た。
* * *
昼は、駅の近くのビルの地下の定食屋に入った。
沙織さんが「ここが美味しいって先輩に聞いた」と言って選んだ店だった。
四人でテーブルを囲んだ。
「実結、北海道の食べ物で好きなものできた?」と沙織さんが聞いた。
「ジャガイモです」と実結は言った。「何に入れても美味しい」
「東京と違う?」
「違います。ほくほくして、美味しいです」
「わかる気がする」と沙織さんはうなずいた。「わかんないけど」
佳奈さんが笑った。実結も笑った。美穂さんは静かに味噌汁を飲んでいた。
* * *
食後、大通の方へ歩いた。
外に出ると、八月の光が全部降ってきた。アスファルトが光を返して、眩しかった。沙織さんが「暑い」と言った。美穂さんが「暑い」と言った。佳奈さんはすでにOM-4Tiを持ち上げていた。
実結もOM-40を取り出した。
大通公園のベンチに人が座っている。木陰と日向の境目。その境目に立っている人の影が長くアスファルトに伸びていた。実結はそこにOM-40を向けた。シャッターを切った。
「何撮ったの」と沙織さんが覗き込んできた。
「影です」
「影?」と沙織さんは繰り返した。「なんで?」
「人は移動するけど、影は形を変えながら残るから」
沙織さんがじっと実結を見た。「……実結って、なんか詩人みたいなこと言うよね」
「そうですか?」
「うん。佳奈みたい」
佳奈さんが「ちょっと」と言った。
沙織さんが笑った。実結も笑った。美穂さんは木陰のベンチを指さして「あそこ座れる」と言った。
* * *
三時間があっという間に終わった。
夕方、解散の前に、四人でテレビ塔の近くに立った。沙織さんが「また来ようね」と言った。美穂さんが「うん」と言った。佳奈さんはOM-4Tiを下げて、空を見ていた。
実結はOM-40のカウンターを見た。「23」。地下街・カメラ屋・定食屋・大通公園。全部が六本目のフィルムに入った。
夏休みの、普通の午後が、ここにあった。
1998年の夏が、ここにある。




