第40話 揺れの一秒
八月の二回目の部活は、金曜の午後だった。
今日も空っぽの学校だった。前回来た時より、テニス部の音もしなかった。部室に向かう廊下に、自分の足音だけが響いた。
合評は一時間ほどで終わった。
出品作の最終確認。提出書類の確認。五味先生が「来週提出。当日の集合は七時半」と言った。八月二十五日まで、あと三週間を切っていた。
解散して、実結は部室の電気を消した。廊下に出て、施錠を確認して、帰ろうとした。
相沢さんが、廊下の向こうから歩いてきた。
* * *
お互いに気づいて、立ち止まった。
相沢さんはファイルを持っていた。夏休み中の生徒会の仕事らしかった。
「また来てたんだ」と相沢さんは言った。
「合評でした。今終わったところです」
「地区大会、もうすぐだよね」
「来週、提出です」
相沢さんが少し考えた。「撮影の依頼、部の方に相談したら」
実結は少し間を置いた。「部長に、相談したんですか?」
「うん。坂上さんに。快諾してもらった」
「よかったです」
「麻倉さんが来てくれるかも、って言われた」
実結は相沢さんを見た。相沢さんも実結を見ていた。廊下に夏の光が横から入っていた。午後の光で、影が長かった。
「写真部って、そういう仕事の受け方をするんですね」と実結は言った。「誰が行くかは相談すると思うのに......」
「そうみたいだね」と相沢さんは言った。「でも、麻倉さんに撮ってほしいな、とは思ってる」
その言い方は、業務の依頼より少しだけ柔らかかった。
一秒ほど、逡巡してから。
実結はOM-40のストラップを持ち直した。
「地区大会が終わったら、時間が空くと思います。その頃でいいですか」
「うん、全然」と相沢さんは言った。「急がないから」
また少し、沈黙があった。長くはなかった。でも短くもなかった。
「地区大会、うまくいくといいね」と相沢さんは言った。
「ありがとうございます」
「写真、見られないのが残念だけど」
「合評会の後で、部に連絡が行くと思います。受賞したら、学校にも掲示されるので」
言ってから、実結は自分が何を言ったかを確認した。受賞したら、と言った。受賞するかどうかはわからないのに。でも、なぜかそう言っていた。
「楽しみにしてる」と相沢さんは言った。笑った。
実結も、少しだけ笑った。少しだけだった。
* * *
外に出ると、夏の光が全部降っていた。
帰り道、OM-40をケースから出した。今日も迷わなかった。
電信柱の影が、アスファルトに長く伸びていた。シャッターを切った。
ファインダーを下ろした後で、実結は廊下でのやりとりを思い返して、考えていた。
「麻倉さんに撮ってほしい」と相沢さんは言った。業務的な依頼の文脈で。でも、実結はその言葉の何かを、一秒だけ受け取っていた。
受け取ってしまった。
その一瞬が、胸の奥で静かに揺れた。
それが怖かった。怖い、と気づいた自分が、また怖かった。
オーバーだ、と実結は思った。一段分、オーバーだ。
でも、切ったシャッターは戻らない。
フィルムの中に、もう光が届いていた。




