第九話 白き呪力と伝説の陰陽師
前回の妖怪退治を終えてから、俺は一つの結論に達していた。
「もっと強くならないとな」
あの鬼。
生霊とはいえ、俺一人では完全に対処できなかった。
あと少し。
ヨキが助けに来るのが遅れていたら。
あと一撃。
あの爪を避けるのが遅れていたら。
俺は死んでいたかもしれない。
「陰陽師として、もっと強くならないと」
俺は拳を握った。
陰陽師になると決めたのなら。
怪異から人を守ると決めたのなら。
自分自身を守れないようでは話にならない。
だから。
俺は修行することにした。
◇
「では、始めるぞ!」
陰陽寮の修練場。
学生たちが円形に並んでいる。
中央にいるのは、俺と同じ陰陽寮の学生だ。
「藤原晴蕪!」
「はい!」
「互いの呪力をぶつけ合い、相手の結界を破るまでだ!」
「分かりました!」
陰陽寮では、学生同士で呪力をぶつけ合う修行が行われる。
もちろん殺し合いではない。
結界の中で呪力を放ち、相手の呪力を押し返す。
術を使うための基礎訓練だ。
「では――始め!」
相手の学生が両手を前に出した。
「はあああっ!」
青い光が膨れ上がる。
俺も手を伸ばした。
「……」
自分の中にあるものを感じる。
前回の戦いで。
俺は初めて、それを意識していた。
呪力。
俺の中にある、不思議な力。
「いけっ!」
相手の青い呪力が飛んでくる。
俺は手を前に出した。
「――――!」
その瞬間。
俺の手のひらから光が溢れた。
「なっ!?」
光は白かった。
真っ白。
青でもない。
赤でもない。
黄色でもない。
ただ。
純粋な白。
そして。
――ドォン!
二つの呪力がぶつかった。
青い呪力が押し返される。
「う、うわあああっ!」
相手の学生が後ろへ吹き飛んだ。
「勝負あり!」
修練場が静まり返る。
「…………」
「…………」
誰も喋らない。
俺は自分の手を見る。
「……白?」
すると。
一人の学生が震える声で言った。
「おい……」
「どうした?」
「今の……見たか?」
「見た」
「あれは……」
別の学生が呟く。
「伝説の陰陽師と同じ色だ」
「え?」
俺は振り返った。
「伝説の陰陽師?」
学生たちは顔を見合わせる。
「知らないのか?」
「何を?」
「白い呪力だよ」
「白い呪力?」
「普通は一色だ」
別の学生が説明する。
「木なら緑。
火なら赤。
土なら紫。
金なら黄。
水なら青」
「五行の色ですね」
「ああ」
なるほど。
それなら分かる。
陰陽道の基本だ。
木火土金水。
五行。
それぞれに属性がある。
そして。
「でも、晴蕪の呪力は……」
「白だ」
ざわざわと騒ぎ始める。
「伝説の陰陽師と同じだ」
「まさか……」
「本当に?」
俺は困惑した。
「ちょっと待ってください」
俺の頭の中で。
前世の記憶が蘇った。
現代の知識。
光。
可視光線。
色。
「……白」
俺は呟いた。
「そういえば」
光は波長によって色が違う。
赤。
橙。
黄。
緑。
青。
紫。
そして。
「光を全部混ぜると……白になる」
前世の物理の授業を思い出す。
光の三原色。
赤、緑、青。
加法混色。
全部合わせれば白になる。
「じゃあ……」
俺は自分の手を見た。
「俺の呪力って……」
高エネルギーだから青白い?
それとも。
複数の属性が混ざって白く見えている?
「……どういうことだ?」
分からない。
現代科学と、この世界の呪力を同じ理屈で考えていいのかも分からない。
だが。
白い光が意味するもの。
それが五行すべてを含むものだとしたら。
「まさか……」
俺が考え込んでいると。
「その通りかもしれぬ」
低い声がした。
修練場の入口。
そこに。
一人の老人が立っていた。
「……誰?」
学生たちがざわめく。
老人は、かなりの高齢に見えた。
白髪。
長い髭。
背筋は伸びている。
だが、その姿から感じる呪力は。
異常だった。
強い。
いや。
強いという言葉では足りない。
そこに立っているだけなのに、空気そのものが重くなる。
学生たちが一斉に頭を下げた。
「先生!」
「先生がお越しに……!」
老人は俺を見る。
「藤原晴蕪と申したな?」
「はい」
「手を見せよ」
「手、ですか?」
「よいから」
俺が手を差し出す。
老人は俺の手をじっと見る。
そして。
「……白い」
「はい」
「間違いない」
老人の目が鋭くなった。
静かに言った。
「木火土金水」
一つずつ。
言葉を区切る。
「そのどの属性の呪力も扱える者の色だ」
「五行すべてを?」
俺は目を見開いた。
「そんなことができるんですか?」
「普通はできぬ」
老人は答えた。
「木の者は木。
火の者は火。
土の者は土。
金の者は金。
水の者は水。
それぞれ己の性質を持つ」
「では、白い呪力とは?」
「五つが混じり合ったものだ」
老人が俺の手を指す。
「おぬしの呪力には、木もある。火もある。土もある。金もある。そして水もある」
「……」
「それゆえ白い」
俺は呆然とした。
まさか。
俺が前世の知識から考えていたことと。
この世界の陰陽道の理屈が。
まったく違う形で繋がっているとは。
「では……俺は五行すべてを使える?」
「そういうことになる」
老人が笑った。
「見事だ」
「いや、俺はまだ何も……」
「謙遜するな」
老人が俺の肩に手を置く。
「過去にこの呪力を使えた者は、ただ一人」
「一人だけ?」
「ああ」
老人の目が遠くを見る。
「わしの師匠だけだ」
修練場が騒然となった。
「先生の師匠……?」
「まさか……」
「伝説の――」
俺は老人を見る。
「先生は……一体?」
「陰陽博士など、とっくに引退した身よ」
老人は笑った。
「今ではただの老いぼれじゃ」
いや。
絶対にただの老人ではない。
この人。
陰陽博士より上の何かだ。
俺はそう直感した。
「おぬしは、面白い」
老人は俺を見て言った。
「これほどの素質を持つ者が、陰陽寮にいたとはな」
「……」
「しかも、妖怪退治までしておるそうではないか」
「誰から聞いたんですか?」
「都は狭い」
老人は笑った。
「いずれ、おぬしは大物になる」
「いやいや」
「いや」
老人は真剣な顔になった。
「おぬしは、陰陽道の歴史を変えるやもしれぬ」
「…………」
また過剰評価された。
俺はため息をついた。
だが。
そのとき。
俺の脳裏に。
あの黒い石が浮かんだ。
水晶玉の中から出てきた。
あの禍々しい黒石。
「……先生」
「なんだ?」
「あの」
俺は懐から布に包んだものを取り出した。
あの日から、俺が保管していたもの。
「この石を知っていますか?」
老人の顔から。
笑みが消えた。
「…………」
沈黙。
「先生?」
老人は石を見つめる。
そして。
「……どこで、それを?」
「以前、妖怪を退治したときに」
「そうか」
老人の声が低くなる。
「とうとう出てきたか」
「知っているんですか?」
「知っているとも」
老人は石に触れようとした。
だが。
指が触れる寸前。
石から黒い煙が一筋、漏れ出した。
「――っ!」
老人が手を引く。
「触れるな」
「……危険なんですか?」
「危険どころではない」
老人の顔には、今まで見たことのない緊張が浮かんでいた。
「これは封印石だ」
「封印石?」
「そうだ」
老人は頷いた。
「かつて、わしの師匠が封じたものだ」
「何を?」
老人は答えなかった。
しばらく石を見つめて。
ようやく。
「……鬼ではない」
そう言った。
「妖怪でもない」
「では、一体……?」
「災いそのものだ」
俺は息を呑んだ。
「災い?」
「この石の中に封じられているものは、五行を喰らう」
「五行を……?」
「ああ」
老人が俺を見る。
「木を喰らい、火を喰らい、土を喰らい、金を喰らい、水を喰らう」
「……」
「そして、喰らった力を己のものとする」
俺は石を見つめた。
もし、それが本当なら。
「じゃあ、この石の中には……」
「古い時代に現れた、名もなき災厄が封じられておる」
老人は静かに言った。
「わしの師匠は、それを倒すことができなかった」
「倒せなかった?」
「だから封じた」
老人の声が重く響く。
「だが」
老人が俺の白い呪力を見る。
「もし五行すべてを扱える者がいるのなら……」
そこで言葉を止めた。
「……先生?」
「いや」
老人は首を振った。
「まだ何も分からぬ」
そう言いながらも。
老人の目は。
明らかに俺を見ていた。
俺の白い呪力を。
そして。
黒い封印石を。
まるで。
何かを恐れるように。
「晴蕪」
「はい」
「その石は、決して手放すな」
「え?」
「そして」
老人は、俺の目を真っ直ぐに見た。
「決して、封印を解こうとするな」
「……分かりました」
俺は頷いた。
だが。
その日の夜。
俺は一人で黒い石を眺めながら考えていた。
「五行を喰らう災厄……か」
そして。
ふと、自分の手を見る。
そこには。
昼間と同じ。
白い光が浮かんでいた。
「五行すべてを扱える俺と……」
黒い石。
「……何か関係があるのか?」
答えは。
まだ分からない。
ただ。
俺は思った。
もっと強くならなければならない。
妖怪を退治するためだけではない。
いつか。
この黒い石の中に封じられたものと。
俺自身が。
向き合うことになる気がした。




