第9話 ガンツ工房の屋根裏
ガンツ工房は街の東のはずれ、城壁のすぐ内側にあった。
石造りのずんぐりした建物で屋根から太い煙突が突き出している。入り口の上には、金床の形をした鉄の看板がぶら下がっていた。中からはカーン、カーンと、鉄を打つ音が響いてくる。
ノエルはまだ少し足を引きずっていた。無理しなくていいと言ったのに「約束しましたから」と言って聞かなかった。
「ガンツさん、ノエルです。入りますね」
扉を開けると、むわっと熱い空気が顔にぶつかった。
奥の炉の前で小さな、でも横にでっかい男が、ハンマーをふるっていた。背は俺の胸くらいまでしかない。そのかわり、腕の太さが俺の太ももくらいある。もじゃもじゃの赤茶色のひげが、おなかのあたりまで伸びていた。
ドワーフだ。本物の。
「……ノエルか」
ドワーフはハンマーを止めずに言った。低くて、がらがらした声だった。
「足をどうした」
「ちょっと、けがをしてしまって。この方に助けていただいたんです。カイさんといいます。それで、お願いがあって」
ノエルが事情を話しているあいだもガンツさんは一度もこっちを見なかった。カーン、カーン、と鉄を打ちつづけている。
話が終わると、ガンツさんはやっとハンマーを置いた。そして、じろりと俺を見た。
「解体屋だと?」
「はい」
「ふん。解体屋なんぞに屋根裏を貸す理由はないな。あいつらはものを壊すことしか知らん。わしの工房を鉄くず置き場にされてはかなわん」
ずいぶんな言われようだ。でも、ギルドの酒場でも似たようなことを言われた。この世界の解体屋は、よっぽど評判が悪いらしい。
ガンツさんは壁ぎわの樽から、折れた剣を一本引っぱり出した。刃が真ん中でぽっきり折れて、柄もぐらぐらしている。
「こいつをばらしてみろ」
「ばらす?」
「解体屋なんだろうが。やってみろ」
試されている、ということらしい。
俺は折れた剣を受け取って、じっと見た。
〔鉄の長剣 +0〕
光の線が刃から柄まで走っている。折れたところで線がちぎれているけど、柄の中のほうはまだつながっていた。刃と、鍔と、柄と、柄頭。それぞれのつなぎ目のところで線が小さな結び目みたいになっている。
ナナシを抜いて、結び目の一つに刃先を当てた。
すっ。
柄頭がことりと外れた。
次の結び目。すっ。柄の木が二つに割れて外れる。その中から、刃の根元にあたる細い鉄の芯が出てきた。鍔の結び目。すっ。鍔が外れる。
最後に、刃の中を走る線のいちばん明るい一点に刃先を入れた。
ぱきん、と小さな音がして、刃が薄い鉄の板に分かれた。そのすき間から、青いかけらが一つ、ころりとこぼれ落ちた。
全部で、十秒もかからなかった。
工房の中がしんとした。
ガンツさんがばらばらになった剣の部品をひとつひとつ手に取って見ていた。鍔の穴。柄の割れ目。刃の断面。太い指でそっとなでている。
「……継ぎ目どおりだ」
ガンツさんはつぶやいた。
「一つも、傷がついとらん。わしが何十年もかけて、ようやく覚えた継ぎ目の位置を……お前、なぜわかる」
「見えるんです。線みたいなものが」
「線?」
「ものの中を光の線が走ってるのが見えるんです。そのつなぎ目にそって刃を入れると、きれいに分かれる」
ガンツさんはしばらく黙って俺の顔を見ていた。それから、ひげをぐしゃっとつかんだ。
「……昔、わしの師匠から聞いたことがある。解体屋の中には、ごくまれにものの継ぎ目が見える者がおる、とな。ほとんどの解体屋は、ただ力まかせに叩き壊すだけだが、ごくまれにそういう『目』を持って生まれてくる者がおると」
「目」
「おとぎ話だと思っとった」
ガンツさんは転がっていた青いかけらを拾い上げた。
「しかも、欠片まで取り出しおった。この剣はわしが溶かして鉄に戻すつもりだった。溶かせば、欠片の力もいっしょに溶けて消える。……なるほどな」
ガンツさんはかけらを俺の手に押しつけた。
「屋根裏を使え。家賃はいらん。そのかわり、毎朝、薪を割って炉の灰を掃除しろ。それと、ばらした鉄は全部わしによこせ。いい鉄になる」
「……いいんですか?」
「二度言わせるな」
ぶっきらぼうな言い方だった。でも、ノエルが横でぱっと顔を輝かせた。
「よかった……! ガンツさん、ありがとうございます!」
「礼を言うのはお前じゃないだろう、ノエル」
ガンツさんはふんと鼻を鳴らして、炉のほうへ戻りかけた。そして、ふと足を止めた。
「おい、小僧。その短剣を見せてみろ」
ナナシのことだった。
渡すと、ガンツさんは炉の明かりにかざして、じっくりと眺めた。何度も裏返して、刃のふちを指でなぞって、においまでかいでいた。
だんだん、顔つきが険しくなっていった。
「……こいつは、どこで手に入れた」
「王城の武器庫の廃棄箱です。いちばんボロいのを選びました」
「錆に見えるが、錆じゃない」
ガンツさんは低い声で言った。
「これは何かで封じてある。わしも、こんなものは初めて見た。中に何が入っとるのか、わからん」
「俺の目で見ても名前がはてなになってるんです。それに、精錬石を当ててもはじかれる」
「はじく、か」
ガンツさんはナナシを俺に返した。
「大事にしろ。わからんものはわからんままにしておけ。無理にこじ開けると、ろくなことにならん」
その日の夕方、俺は馬小屋から荷物を運んだ。荷物といってもぼろぼろの学生服と、紙の切れはしと、欠片の入った袋くらいのものだ。
最後に、先輩にあいさつをした。
「世話になったな」
先輩はぶるる、と鼻を鳴らした。
工房の屋根裏はせまくて天井が斜めになっていたけど、ちゃんとベッドがあった。小さな窓からは迷宮の穴のまわりに灯る明かりが見えた。
ベッドに寝転がって、銀の片手剣を天井にかざす。
解体屋の目、か。
ナナシをまくらもとに置いて、俺は目を閉じた。下の工房から、ガンツさんのハンマーの音が、ゆっくりと聞こえてきた。
第9話 了




