第8話 なくした形見の剣
ギルドに戻ると、ノエルを置いて逃げた三人組が、酒場で酒を飲んでいた。
「いやあ、まいったまいった。ノエルのやつ、勝手に突っ込んでいきやがってさ」
「盾役のくせに足手まといなんだよな」
ノエルが俺の肩につかまったまま入ってくると、三人は、酒を吹き出しそうな顔をした。
「の、ノエル……生きてたのか」
「はい。こちらの方に助けていただきました」
ノエルの声は静かだった。怒鳴るでもなく、泣くでもなく。ただ、灰色の目で三人をまっすぐ見ていた。
「わたしは今日でこのパーティを抜けます。預けていたお金は、明日、受け取りに来ます」
三人は何か言い返そうとしたけど、まわりの冒険者たちが、じろじろと見ていることに気づいて黙った。仲間を囮にして逃げたことは、見ればだいたいわかる。
受付のマリーさんが、あわてて奥から出てきて、ノエルの足の傷を見てくれた。ギルドには、簡単な治療をしてくれる部屋があるらしい。薬草の湿布を貼って、包帯を巻きなおしてもらった。
「骨は大丈夫そうです。三日は迷宮に入らないでくださいね」
マリーさんはそう言って、俺のほうを見た。
「鳴海さん、第三層でゴブリンの群れを倒したって本当ですか? ボスつきの群れを?」
「倒したのはほとんど天井ですけど」
「て、天井?」
マリーさんは首をかしげていた。
治療室を出ると、ノエルが、酒場のいちばんすみの席に俺を引っぱっていった。お礼にごはんをおごらせてほしい、と言う。遠慮したけど、ノエルはがんとして引かなかった。
「命を助けていただいて、何もしないわけにはいきません。ヴァルト家の名にかけて」
「ヴァルト家?」
「……昔は、騎士の家だったんです」
ノエルは少しだけ笑った。さびしそうな笑い方だった。
運ばれてきたシチューを食べながら、ノエルはぽつぽつと話してくれた。
ノエルの父親は王国の騎士だったそうだ。でも、五年前に大きな戦で足をけがして、騎士をやめた。家は貧しくなって、三年前に父親が病気で亡くなってからは、ノエルが一人で家を支えてきた。
「父は、わたしに剣を一本、遺してくれました。騎士だったころに使っていた、銀の剣です」
ノエルは自分の手のひらを見つめた。
「その剣で冒険者として稼いでいつかヴァルト家を立て直す。それがわたしの目標でした」
「……でした?」
「なくしてしまったんです。その剣を」
ノエルはぎゅっと手を握った。
「一年前のことです。早く強くなりたくて、あせっていました。父の剣をエンチャントで強くしようとしたんです。+4も、+5も成功しました。+6も……成功したんです。半分の確率なのに」
「すごいじゃないか」
「はい。うれしくて、うれしくて。この調子なら、いけると思いました。だから、その日のうちに+7にも挑戦しました」
ノエルは少し黙った。
「剣に、ひびが走りました。ぴしっ、て音がして。それから、さらさらと灰になって……わたしの手の中から、こぼれていきました」
酒場のにぎやかな声が、少し遠くに聞こえた。
「父の剣は、もう、どこにもありません」
ノエルは顔を上げて、無理に笑った。
「ばかでしょう? 公式の表にちゃんと書いてあったのに。+6から上は神の領域だって。わかっていたのに欲を出して、全部なくしました。それ以来、エンチャントは怖くて……自分の盾にも+1すらしていないんです」
俺はスプーンを持ったまま、しばらく何も言えなかった。
同じ日に+4、+5、+6、+7。
四回、続けて。
昨日の盾のことを思い出す。三回続けて強化したあと、線が赤くなって熱を持っていた。ひずみ、★三つ。
もしノエルの剣も同じだったとしたら。+7に挑戦したとき、その剣はひずみでまっ赤になっていたんじゃないか。
でも、それは、まだ俺の予想でしかない。確かめてもいないことを言って、ノエルの心をかき回すわけにはいかなかった。それに、今それを言ったところで剣は戻ってこない。
「……ばかだとは、思わないよ」
俺はやっとそれだけ言った。
「家を立て直したくて、必死だったんだろ。それって、ばかじゃなくて、まじめってことだと思う」
ノエルはちょっと目を見開いた。それから、ふっと、今度は本当に笑った。
「……ありがとうございます、カイさん」
ノエルは足もとに立てかけていた鉄の盾をひざの上に乗せた。
傷だらけの盾だった。俺は何気なくそれを見て、息をのんだ。
〔鉄の盾 +0〕
なじみ ★★★★☆
ひずみ ☆☆☆☆☆
星が四つ。
昨日の小盾は二つだった。この盾はそれよりずっと使い込まれている。ノエルがこの一年、この盾一枚で戦ってきた証拠だ。
「そういえば、カイさんは、どちらに泊まっているんですか?」
「ギルドの裏の馬小屋」
「う、馬小屋……」
ノエルはスプーンを落としそうになった。
「け、けがをした日も馬小屋でお休みになるつもりだったんですか」
「先輩がいるから、さびしくはないけど」
「先輩?」
「馬」
ノエルはちょっと考えるような顔をして、それから、ぽんと手を打った。
「街の東のはずれに父の古い友人がやっている鍛冶工房があるんです。ガンツさんというドワーフの方で。屋根裏の部屋が空いているはずです。わたしから、頼んでみます」
「鍛冶工房?」
「はい。炉も金床もありますよ」
炉と、金床。
鍛冶屋の作業場。装備をいじるには、これ以上ない場所だ。
「……それはぜひお願いしたい」
「では、明日ご案内しますね」
ノエルはうれしそうにうなずいた。
その夜、馬小屋のわらの上で俺は腰の銀の剣を抜いて、しばらく眺めていた。
ノエルの父親の剣もきっとこんなふうに光っていたんだろう。
となりで先輩がぶるる、と鼻を鳴らした。
第8話 了




