第7話 置き去りの女剣士
第三層は第一層とはまるで空気がちがった。
天井が低くて、道がくねくねと曲がっている。光る苔も少なくて、あちこちに暗がりができていた。出てくる魔物もスライムや大ネズミじゃない。
ゴブリンだ。
緑色の肌をした、子どもくらいの背丈の小鬼。錆びたナイフやこん棒を持って、三匹から五匹くらいの群れで動く。一匹なら怖くないけど、囲まれるとまずい、というのが酒場で聞いた話だった。
Fランクが入っていいのはここ第三層まで。今日は下見のつもりで来ていた。
岩陰にかくれて、ゴブリンの群れの動きを観察していたときだった。
「うわああっ! だめだ、数が多すぎる!」
奥の通路から、男の悲鳴が聞こえた。
どたどたと足音がして、三人の男が走ってきた。剣と斧と弓。冒険者のパーティだ。全員、顔が真っ青だった。
「おい、ノエルは!?」
「知るか! あいつが勝手に前に出たんだろ!」
「そうだ、盾役なんだから、足止めくらいしてもらわないとな!」
三人は俺がいることにも気づかずにそのまま入り口のほうへ走っていった。
……足止め?
いやな予感がした。俺は三人が来たほうへ、そっと進んだ。
通路を曲がった先が、少し広くなっていた。
そこに、ゴブリンが十匹ほど、輪になって群がっていた。
輪の真ん中に一人の女の子がいた。
茶色の髪を後ろで一つにしばっている。年は俺と同じくらい。左手には傷だらけの鉄の盾、右手には刃こぼれした鉄の剣。片ひざをついていて、右の太ももから血が流れていた。
「はあ……はあ……」
それでも盾を構えたまま、ゴブリンたちをにらみつけていた。灰色の目がぜんぜん死んでいなかった。
置いていかれたんだ。あの三人に。囮にされて。
頭の芯がかっと熱くなった。でも、ここで飛び出しても俺まで囲まれて終わりだ。ゴブリン十匹を正面から相手にできるほど、俺は強くない。
落ち着け。観察しろ。
ゴブリンたちは女の子を囲んだまま、じりじりと輪をせばめている。すぐには飛びかからない。弱るのを待っているんだ。まだ少しだけ、時間がある。
この広間の地形は?
天井は低い。右の壁ぞいに太い岩の柱が一本、天井まで伸びていた。その柱に光の線が走っている。
そして、その線は、根元のあたりでぐしゃぐしゃにからまっていた。ひび割れだらけ、ということだ。柱の上のほうには、天井の岩がせり出していて、そこも線がぶつぶつと途切れている。
……いけるかもしれない。
女の子がいるのは広間の左寄り。ゴブリンの群れの半分は、柱の真下にいる。
俺はナナシを抜いて、岩陰から飛び出した。
「おい、こっちだ!」
大声を出すと、ゴブリンたちが一斉にふり向いた。ギイギイと耳ざわりな声を上げて、何匹かがこっちに向かってくる。
それでいい。俺は柱のほうへ走った。
柱の根元に線がいちばんからまっている一点があった。そこに、ナナシの刃を突き立てる。
すっ。
いつもの解体と同じ手ごたえだった。刃が吸い込まれるように入る。
ぴしっ、と音がした。
柱の根元から、ひびが上へ上へと走っていく。ゴブリンたちがぎょっとしたように上を見た。
「伏せろ!」
女の子に向かって叫んで俺は柱から飛びのいた。
ごごごご、と地鳴りがした。
岩の柱がゆっくりとかたむいた。天井の岩がそれにつられて崩れ落ちる。柱の下にいたゴブリンたちの上に砂ぼこりと岩のかたまりが、どっと降りそそいだ。
ぎゃあっ、と悲鳴がいくつも上がって、光の粒がぱっと散った。
砂ぼこりが晴れると、ゴブリンは三匹にまで減っていた。
残った三匹は何が起きたのかわからずにうろたえていた。そのうちの一匹が、ほかよりひとまわり大きい。頭に骨でできた冠みたいなものをかぶっていて、手にはぴかぴか光る剣を持っていた。群れのボスだ。
〔ゴブリンの頭目 Lv12〕
俺のレベルは6。倍だ。
ボスが怒りくるって俺に向かってきた。
速い。大ネズミの比じゃない。ふり下ろされた剣をぎりぎりでよける。頬がひりっとした。かすった。
二撃目が来る――と思ったとき、横から、鉄の盾がボスの剣を受け止めた。
がきん、と火花が散った。
「右です!」
女の子だった。血を流している足でいつの間にか立ち上がっていた。盾でボスの剣を押し返しながら、叫ぶ。
「右わきが、空いてます!」
見ると、たしかに剣を受け止められたボスの右わきに光る点があった。
俺は迷わずナナシを突き込んだ。
ぷしゅっ。
ボスは声も出さずに光になった。
残りの二匹はそれを見たとたんに背中を向けて逃げていった。
広間に、静けさが戻った。
女の子は盾を下ろしたとたん、その場にへたり込んだ。俺もひざから力が抜けて、座り込んだ。心臓が耳の奥でどくどく鳴っている。
「……助かり、ました」
女の子がはあはあ息をしながら言った。
「いや、こっちこそ。右わきって言ってくれなかったら、たぶん斬られてた」
「いえ。あなたが柱を倒してくれなかったら、わたしはもう……」
女の子は崩れた柱を見て、それから俺のナナシを見た。
「あの柱、どうやって……」
「職業がらみでね。ちょっと、ものの弱いところがわかるんだ」
くわしく説明すると長くなる。それより先にやることがあった。
「足、見せて。止血しないと」
上着の袖を裂いて、太ももをきつくしばった。サバイバルゲームで覚えた知識が、こんなところで役に立つとは思わなかった。女の子は痛そうに顔をしかめながらも声は出さなかった。
ボスがいた場所に硬貨が何枚かと、剣が一本落ちていた。
ボスが持っていた、ぴかぴか光る剣だ。拾い上げると、ずしりと重かった。刃が月の光みたいに白っぽく輝いている。
〔銀の片手剣 +0〕
「……銀だ」
鉄じゃない。銀。一つ上のランクの武器だった。
「すごい……ゴブリンの群れのボスは、ごくまれに銀の武器を落とすって聞いたことがあります」
女の子が言った。それから、はっとしたように背すじを伸ばした。
「あ、申し遅れました。わたし、ノエル・ヴァルトといいます。助けていただいて、本当にありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる。ポニーテールがぴょこんとゆれた。
「鳴海カイ。解体屋。……いや、そんなかしこまらなくていいって」
「解体屋さん、ですか。……あの失礼ですが、レベルは?」
「6」
「ろ、6!?」
ノエルは目をまん丸にした。
「わたし、11です。そのわたしがあの群れに負けかけたのに……レベル6で頭目を倒したんですか」
「倒したのはほとんど柱だけどな」
「いえ、命の恩人ですから」
ノエルはまじめな顔で言った。
俺は銀の剣を腰にさして、ノエルに肩を貸した。
帰り道、ノエルは何度か、崩れた柱のほうをふり返っていた。
第7話 了




