第4話 買い叩きのモルガン商会
迷宮から出ると、空はもう暗かった。
硬貨は十二枚。それに、精錬石の欠片が三個と、鉄の靴が一つ。
馬小屋代の五ルーンは払える。パンも買える。でも、この欠片が本当はいくらになるのか、それを知っておきたかった。値段がわからないものは、使いみちも決められない。
ギルドの向かいにひときわ大きな店があった。看板には金色の文字で「モルガン商会」。冒険者たちが迷宮で拾ったものを持ち込んでいる。
中に入ると、カウンターの奥に細長い男が立っていた。ちょびひげで指に金の指輪を三つもはめている。胸の札には「番頭 ザック」とあった。
「いらっしゃい。何をお売りで?」
ザックは俺の破れた学生服を上から下まで眺めて、口の端をちょっと上げた。値踏みされている感じがした。
「ええと、これって、いくらで買い取ってもらえますか」
まずは鉄の靴をカウンターに置いた。
「ふむ。鉄のボロ靴。二ルーンですな」
「二ルーン……」
「嫌なら持ち帰っていただいて結構。そういうのは鉄くずとしてしか使いみちがありませんからねえ」
ザックは面倒くさそうに言った。
たしかに見た目はただの鉄くずだ。でも俺の目には、その靴の中に光の線がまだ残っているのが見えている。解体すれば、たぶん欠片が一つか二つは出る。
「じゃあ、こっちは?」
俺は欠片を一つ、カウンターに置いた。
ザックの目が一瞬だけ光った。すぐにいつもの眠そうな顔に戻ったけど、たしかに光った。
「おや、欠片ですか。これは……そうですな、五ルーンで引き取りましょう」
「五ルーン?」
「ええ。小さいですし、質もあまりよろしくない」
俺はカウンターの横の棚を見た。そこには、ガラスのびんに入った欠片が並んでいて、値札がついていた。
**精錬石の欠片 一つ 二十五ルーン**
五で買って、二十五で売る。
なるほど。こういう商売か。
「……やっぱり、やめておきます」
「おや、そうですか」
ザックはちっとも残念そうじゃなかった。
「ま、また気が変わったらいつでもどうぞ。このあたりで欠片を買い取ってくれる店は、うちくらいのものですからな」
それは脅しなのか、ただの事実なのか。たぶん両方だ。
欠片と靴をしまって、店を出ようとしたとき、入り口の扉が勢いよく開いた。
「ザックのおっちゃん! 今日のぶん、持ってきた!」
入ってきたのは俺よりずっと小さな女の子だった。
たぶん、十三歳くらい。銀色のぼさぼさの髪から、黒い三角の耳がぴょこんと出ている。お尻のあたりからは、黒くて細い尻尾がゆれていた。
猫の耳と、猫の尻尾。獣人ってやつだ。
女の子は自分の体と同じくらい大きい麻袋をどさっと床に置いた。中からはがちゃがちゃと鉄の音がする。
「ほら、見て見て。今日はいっぱいだよ。兜でしょ、小手でしょ、すね当てでしょ……」
「ルゥ、何度言ったらわかる。そんなものいくら持ってきても鉄くずだ」
ザックは袋の中身を見もしないで言った。
「全部で三ルーン」
「えっ」
女の子――ルゥ、というらしい――の耳が、ぺたんと寝た。
「さ、三ルーン? でも、こんなにあるんだよ。昨日は五ルーンだったのに……」
「鉄の値段が下がったんだ。嫌なら持って帰れ」
ルゥは何か言いかけて、口を閉じた。袋をぎゅっと握りしめている。
持って帰れ、と言われてもどこにも売る場所がないんだろう。さっきザックが言っていたとおり、この辺でボロ装備を買い取るのはこの店だけなのだ。
「……わかった。三ルーンでいい」
ルゥは小さな声で言った。ザックは硬貨を三枚、カウンターにぱちんと置いた。ルゥはそれを握りしめて、袋を置いたまま、とぼとぼと店を出ていった。
俺は置いていかれた麻袋を見た。
口が開いていて、中身が見えた。錆びた兜。へこんだ小手。すね当て。ざっと十個以上ある。
そして、そのどれにも光の線が残っていた。
十個以上のボロ装備。解体すれば、欠片がたぶん十五個から二十個くらい出る。棚の値段なら四百ルーン以上。ザックの買い取り値でも七十五ルーンにはなる。
それを、三ルーン。
ザックはこのボロを解体しないだろう。できないんだと思う。鉄くずとして溶かして、少しずつお金に変えるだけだ。それでも三ルーンで買えば損はしない。
俺は腹の底がじわっと熱くなるのを感じた。
たぶん怒ってるんだと思う。自分が買い叩かれたことよりもあの小さい子が、三枚の硬貨を握りしめて出ていったことのほうが、ずっと腹が立った。
「お客さん、まだ何か?」
ザックが面倒くさそうに言った。
「いえ」
俺は店を出た。
通りを見回すと、ルゥの小さな背中が、人ごみの向こうに見えた。尻尾がしょんぼりと垂れている。
サバイバルの鉄則その三。**資源は自分で見つけるだけじゃなく、人から手に入れる道もつくっておけ**。一人で拾える量には限りがある。でも、拾ってくれる人がいれば話は別だ。
それに、正直に言えば、理屈なんかどうでもよかった。
あの子の耳がぺたんと寝たときの顔が頭から離れなかった。
「おーい!」
俺は声をかけて、ルゥのあとを追いかけた。
ルゥがびくっとして振り返る。黄色い猫の目が暗がりできらっと光った。
第4話 了




