第3話 第一層と光る欠片
迷宮の入り口は近くで見るとさらに大きかった。
直径は学校のグラウンドくらいある。ふちからは石の階段が、ぐるぐると螺旋を描いて下へ続いていた。朝早いのに冒険者たちがぞろぞろ降りていく。剣を背負った人、弓を持った人、でっかい斧をかついだ人。
俺は学生服にナナシが一本。どう見ても場違いだった。
「おい坊主、その格好で潜るのか? 遠足じゃねえんだぞ」
通りすがりのおじさんに笑われた。でも、しかたない。鎧を買うお金なんてないのだ。
階段を下りきると、そこが第一層だった。
天井の高い洞窟だ。壁のあちこちに光る苔が生えていて、思ったより明るい。地面には草も生えている。空気はひんやりしていて、少し湿っぽい。
まずは観察からだ。
俺は壁ぎわにしゃがんでしばらくほかの冒険者たちを眺めた。魔物がどこから出てくるのか。どんな動きをするのか。倒したあと、何が起きるのか。
五分もしないうちに答えが一つ出た。
ぷるぷるした、バスケットボールくらいの緑色のかたまりが、草むらから出てきた。スライムだ。近くにいた冒険者が剣でぶった切ると、スライムはぱっと光の粒になって消えた。
あとには、硬貨が一枚ころんと落ちていた。
「本当に、お金が出るんだ……」
しばらく見ていると、落ちるものは毎回ちがうことがわかった。硬貨だけのときもあれば、何も落とさないときもある。たまに、錆びた鉄の小手や、穴のあいた鉄の兜みたいなものも落ちる。冒険者たちは硬貨だけ拾って、ボロい防具はその場に捨てていく。重いし、たいしたお金にならないんだろう。
そして、ごくまれに小指の先くらいの青く光るかけらが落ちた。それを見つけた冒険者は、飛びあがって喜んでいた。
「よっしゃ、欠片だ!」
あれが精錬石の欠片ってやつか。
ギルドの壁に貼ってあった「新人向けの心得」に書いてあったのを思い出す。魔導精錬石――エンチャントストーンは、武具を強化するための石。装備に当てると、その装備の力が一段上がる。欠片を十個集めると、精錬石一個分になるらしい。
さて、見学はこのへんにしよう。
俺はナナシを抜いて、草むらのほうへ進んだ。
最初の相手はやっぱりスライムだった。ぷよぷよと跳ねながら、こっちに近づいてくる。
スライムの体の上に小さな文字が浮かんだ。
〔スライム Lv1〕
魔物のレベルまで見えるらしい。 スライムの体にも光の線が見えた。ぐるぐると渦を巻いた線の真ん中にひときわ明るい点がある。
たぶん、あそこが急所だ。
スライムが跳びかかってきた。俺は半歩横によけて、光る点にナナシを突き立てた。
ぷしゅっ、と空気が抜けるみたいな音がして、スライムは光になって消えた。
「……一撃かよ」
錆びた短剣なのにびっくりするくらいあっさり刺さった。線のつながっている点を突けば、力はいらないのかもしれない。
足もとに硬貨が一枚落ちていた。拾い上げる。一ルーン。
この一枚でパンが半分買える。
なんだか、じんと来た。自分の力で稼いだ、初めてのお金だ。
それと、もう一つ。スライムが消えた瞬間、胸の奥にぽっと小さな火がともったような感じがした。体の中に何かがすうっと流れこんでくる。これがレベルの元になる力なんだろう。
その日は夕方まで第一層を歩き回った。
スライムのほかに大ネズミという、犬くらいの大きさのネズミも出た。こいつは素早くて、最初は腕をかじられた。学生服の袖がびりっと破れて、血がにじんだ。
痛い。ゲームとちがって、本当に痛い。
でも、落ち着いて見れば、大ネズミにも光る点があった。首のつけ根の少し下。突っ込んでくるタイミングにあわせてナナシを置いておけば、自分から刺さりに来てくれる。
サバイバルの基本は、「真正面からぶつからない」ことだ。敵が強いなら、地形を使う。狭い場所に誘い込む。足場の悪いところで戦う。大ネズミは岩のすき間に誘い込んで一匹ずつ相手にした。
夕方までに硬貨は十二枚たまった。
休憩のときに冒険者証に親指をあててみると、数字が変わっていた。
[鳴海カイ Lv3 解体屋 Fランク]
力 7 守り 6 速さ 10 魔力 2
レベルが二つ上がって、力は一つだけ。城のじいさんの言ったとおりだ。解体屋はレベルが上がってもほとんど強くならない。
でも、今日わかったことがある。急所の光る点を突けば、力はいらない。大ネズミはレベル4で俺より上だった。それでも倒せた。
それと、ほかの冒険者が捨てていったボロの防具をいくつか拾っておいた。穴のあいた鉄の兜が一つ、錆びた鉄の小手が二つ。
帰り道、休憩のついでにその兜をじっと見てみた。
〔鉄の兜 +0〕
光の線が兜の表面にあみ目みたいに走っている。そのうちの何本かは、切れていた。穴があいているところだ。
城の武器庫で思ったことを試してみたくなった。解体屋は線にそってばらす職業。だったら、この線にそって刃を入れたら、どうなるんだろう。
ナナシの先を線のつなぎ目にそっと当てる。
すっ、と、刃が吸い込まれるように入った。
兜がばらばらになった。
鉄の板が四枚と、革のひもと、鋲が数本。まるでプラモデルのパーツみたいにきれいに分かれて地面に落ちた。
そして、その真ん中に。
小指の先くらいの青く光るかけらが、一つころがっていた。
「……え?」
拾い上げる。ほんのり温かい。昼間、ほかの冒険者が飛びあがって喜んでいたのと、同じものだった。
〔魔導精錬石の欠片〕
頭の中にちゃんと文字も浮かんだ。
心臓がどくんと鳴った。
小手でも試してみた。線にそってナナシを入れる。小手はばらばらになって、一つ目からは欠片が一個、二つ目からは二個出てきた。
合計三個。
手のひらの上で三つの小さな光がゆれている。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。ゲームでもよくあることだ。一見ゴミに見えるアイテムを分解すると、レアな素材が出てくる。たぶんこの世界の装備には、もともと精錬石の力がちょっとずつ混ざっているんだ。それを取り出せるのが、解体屋。
でも、だとしたら、どうしてみんなボロの防具を捨てていくんだろう。
解体屋っていう職業は、ほかにもいるはずだ。その人たちはこの欠片を取り出さないんだろうか。
わからないことだらけだった。でも、わかったこともある。
この迷宮には、ほかの冒険者が「ゴミ」だと思って捨てていくものが、山ほど落ちている。
そして俺には、そのゴミから、宝を取り出せる。
俺はナナシを鞘に戻して、ニヤリと笑った。
帰り道、足もとに捨てられていた錆びた鉄の靴をもう一つ拾った。
第3話 了




