第2話 迷宮都市と馬小屋の一日目
王都で一晩、橋の下で寝た。
硬貨二十枚で宿に泊まったら、それだけで一文無しになる。だったら屋根は橋で代用して、お金は明日のために残しておく。ゲームならこれが正解だし、たぶん現実でも正解だ。寒かったけど。
朝になって、パン屋の前に並んでいたおばちゃんたちの話を盗み聞きした。この国で仕事をさがすなら、南の迷宮都市グラナートに行け、というのがみんなの意見らしい。
「あそこは迷宮の魔物を狩れば、誰でも稼げるからねえ」
「うちの甥っ子も行ったけど、三日で帰ってきたよ。ネズミにかじられたって」
「ははは」
迷宮。魔物。稼げる。
城のじいさんが言っていた「大迷宮」ってやつのことだろう。役に立たないと追い出された俺が、結局は迷宮に向かうことになるのは、ちょっと皮肉な感じがした。
グラナートまでは、馬車で三日かかるらしい。乗合馬車の料金は四十ルーン。俺の全財産の倍だ。
そこで、街はずれの荷馬車の集まり場へ行った。商人たちが荷物を積んでいる。そのうちの一台の横で太ったおじさんが頭を抱えていた。
「くそっ、車輪の軸がいかれちまった。今日中に出ないと、荷が傷んじまうってのに」
車輪をのぞき込むと、また、あの光の線が見えた。
軸と車輪をつないでいる部分の線が、一か所だけぷつんと切れている。そこだけ木がひび割れているのだ。見た目ではわからないくらいの小さなひびだった。
「あの、ここ、割れてますよ」
「ああ?」
「軸じゃなくて、この留め具の木が割れてるんです。ここだけ替えれば走れると思います」
おじさんは半信半疑の顔で留め具を外した。そして、目を丸くした。
「本当だ……中で割れてやがる。坊主、なんでわかった」
「ええと、そういう職業なんです」
留め具を予備のものに替えると、車輪はすんなり回った。おじさんは大喜びで俺をグラナートまで荷台に乗せてくれることになった。そのかわり、荷の積み下ろしを手伝う約束だ。
三日間、荷台で揺られながら、俺はずっと考えていた。
あの光の線は物の「つくり」だ。線がきれいにつながっている物は丈夫で切れたりからまったりしている物は、どこかが弱っている。解体屋っていうのは、たぶん、その線にそってばらす職業なんだろう。
だとしたら、線が錆の下に隠れていたあの短剣は、何なんだろう。
腰の短剣を抜いて、じっと見る。
〔??? 名無しの短剣 +0〕
やっぱり、はてなのままだった。名前がないなら、とりあえず呼び名をつけておこう。
「ナナシ。お前、今日からナナシな」
錆びた刃はもちろん何も答えなかった。
三日目の昼、荷馬車は丘を越えた。
その先に灰色の城壁に囲まれた大きな街があった。街の真ん中には、地面にぽっかり開いた、とんでもなく大きな穴が見える。穴のまわりには石の塔がいくつも建っていて、人がアリみたいに出たり入ったりしていた。
「あれが大迷宮オルドの入り口だ。グラナートの街は、あの穴を囲んでできてるのさ」
おじさんが教えてくれた。
「迷宮の魔物はな、倒すと光になって消えちまう。そのかわりにルーン硬貨と、武具と、精錬石を落とす。冒険者たちはそれを拾って暮らしてるんだ」
「お金を落とすんですか。魔物が?」
「おうよ。わけがわからんだろ。わけがわからんが、そういうもんなんだ」
ゲームみたいな世界だな、と思った。いや、ゲームそのものか。
街に着いて荷下ろしを終えると、おじさんはおまけに銅色の硬貨を三枚くれた。これで二十三ルーン。俺はお礼を言って、冒険者ギルドへ向かった。
ギルドは迷宮の入り口のすぐそばにある、三階建ての大きな建物だった。中は酒場とつながっていて、昼間から鎧を着た男たちががやがや飲んでいる。
「ご新規の方ですね。登録料は十ルーンです」
受付にいたのはそばかすの目立つお姉さんだった。胸の名札には「マリー」と書いてある。
十ルーン。痛い。でも、登録しないと迷宮には入れないらしい。
「職業をお伺いしてもいいですか」
「解体屋です」
「かいたいや……」
マリーさんの手がぴたりと止まった。
「えっと、解体場のお仕事の募集でしたら、裏の掲示板に……」
「いや、冒険者として登録したいんです」
後ろの酒場で誰かがぷっと吹き出した。
「おい聞いたか。解体屋が冒険者だってよ」
「魔物の前で何をばらすつもりだ? 自分の骨か?」
どっと笑いが起きる。マリーさんは困った顔でそれでも登録用紙に書き込んでくれた。
「では、鳴海カイさん。Fランクからのスタートになります。最初は第一層から三層までで無理をなさらないでくださいね」
木でできた小さな札を渡された。これが冒険者証らしい。Fの字が焼き印で押してある。
親指を札にあてると、表面に、ぼうっと光の文字が浮かんだ。
[鳴海カイ Lv1 解体屋 Fランク]
力 6 守り 5 速さ 9 魔力 2
「レベルが上がると、札の数字も変わりますよ。第一層の魔物はだいたいレベル1から3くらい。第三層のゴブリンでレベル5前後です。自分よりレベルの高い魔物には、気をつけてくださいね」
マリーさんが教えてくれた。うしろの酒場から、また声が飛んできた。
「レベル1の解体屋だってよ! スライムにも負けるんじゃねえか?」
残金、十三ルーン。
宿の値段を聞いたら、いちばん安い宿で一晩三十ルーンだった。とても無理だ。ギルドの裏に冒険者のための馬小屋があって、そこなら一晩五ルーンで寝られるという。
馬小屋は名前のとおり馬小屋だった。わらの上でとなりの仕切りには本物の馬がいる。鼻を鳴らしながら、俺のことを不思議そうに見ていた。
「よろしくな、先輩」
馬に言って、わらの上に寝転ぶ。
パンを一個だけ買った。残りは六ルーン。明日の宿代を払ったら一ルーンしか残らない。
つまり、明日は絶対に稼がなきゃいけない。
サバイバルゲームの鉄則その二。**最初の三日で死なないこと**。一日目は安全な場所を確保する。二日目は食料と水の手に入れ方を覚える。三日目で明日も生きていけるリズムをつくる。そこまでいけば、あとはどうにでもなる。
今日がこの街での一日目だ。屋根はある。馬のにおいはするけど、雨はしのげる。
ナナシを胸に抱えて、俺は目を閉じた。
となりで馬がぶるる、と鼻を鳴らした。
第2話 了




