第24話 金色の一式
すっ、と、刃が入った。
一瞬、何も起きなかった。
それから、足もとでぴしっ、と乾いた音がした。
ひびが走った。俺の足もとから、坂の右側へ向かって、白いひびが、稲妻みたいにぎざぎざに伸びていく。ぴし、ぴし、ぴしぴしぴし。
坂の上でゴルドスカラブが、ぎくりと動きを止めた。
――どごおおおおん!
坂の右半分が崩れ落ちた。
岩のかたまりがなだれのように砂の上に落ちていく。その上に乗っていたゴルドスカラブの右側の足が宙をかいた。
小屋ほどもある金色の体が、右に、ぐらりとかたむいた。
かたむいて、かたむいて。
そのまま、ごろん、と、横倒しになった。
勢いはとまらなかった。横倒しになった体が、坂の崩れたところをずるずると転がり落ちる。丸い背中が砂の上でぐるんと半回転した。
ずしいいいん。
砂けむりが広間いっぱいに舞い上がった。
砂けむりが晴れたとき、ゴルドスカラブは、背中を下にして、ひっくり返っていた。
六本の足が空に向かって、ばたばたともがいている。
「やった……!」
坂の裏から、ルゥの声が聞こえた。
「ノエル、足を!」
「うん!」
ノエルが盾を構えて、ゴルドスカラブの横に駆けこんだ。
ゴルドスカラブは、起き上がろうとして、体を左右にゆらしていた。ゆらすたびに足が大きくふり回される。丸太みたいな足が、ノエルの頭の上をぶんと通りすぎた。
ノエルはひるまなかった。+6の銀の盾でふり下ろされる足を真正面から受けとめた。
がきいいん。
ノエルのかかとが、砂にめりこんだ。でも、足は止まった。ゴルドスカラブの体のゆれが、一瞬、止まる。
俺は崩れた岩を足場にして、ゴルドスカラブのお腹の上に飛び乗った。
お腹は背中の殻とはまるでちがった。白っぽくて、少しやわらかい。でも、その表面は、何枚もの薄い板が、うろこみたいに重なっていた。
その板の下、ずっと奥に光る点が見えた。
遠い。大牙猪のときより、さらに深い。
銀の剣を両手で突き下ろした。
ずぶっ。
板を、一枚、二枚と突き破る。でも、三枚目で止まった。硬い。お腹の板でも奥のほうは硬くなっている。
「くそっ」
ゴルドスカラブが、体をゆらした。お腹の上で俺の体が大きくかたむく。落ちる――と思ったとき、ロープが一本、ひゅっと飛んできた。
「カイ兄、つかまって!」
坂の上に戻ったルゥが、杭に結んだロープを投げてくれたのだ。左手でロープをつかんでなんとか体を支えた。
もう一度、お腹の板を見る。
重なった板と板の間。そこに、結び目があった。鎧トカゲのうろこと同じだ。つなぎ目がある。
右手の剣を離して、ナナシを抜いた。結び目に刃先を当てる。
すっ。
お腹の板が一枚、ぱかっと外れた。その下の板にも結び目がある。すっ。もう一枚。すっ。もう一枚。
四枚の板を外したところで光る点が、すぐそこに見えた。
「ルゥ、ここだ!」
ナナシで光る点のすぐ横を指し示す。
「ここに、ナイフを全部!」
「いっくよーっ!」
ルゥが坂の上から、残りの銀のナイフを続けざまに投げた。
一本、二本、三本。
ナイフはぜんぶ、俺の指さしたところにざくざくざくと突き刺さった。ルゥの投げナイフは、この二週間でびっくりするくらいうまくなっていた。
ゴルドスカラブが、ギイイイイッと、甲高い悲鳴を上げた。
ナイフの刺さった穴に光る点が、むき出しになっていた。
俺はお腹に突き刺さったままの銀の剣の柄を両手でつかんだ。そして、全体重をかけて、ぐいっと横に押しこんだ。
+4の銀の刃が光る点をまっぷたつに裂いた。
ゴルドスカラブの足がぴたりと止まった。
それから、金色の体ぜんたいが、まぶしい光を放った。
お腹の上から、光の粒になって消えていく足場の感触がした。俺はそのまま、砂の上にどさっと落ちた。
砂の上に大の字になって、天井を見上げた。
金色の光の粒がドームの天井いっぱいに舞い上がって、ゆっくりと降ってきた。
「……やった」
「やったあああああっ!」
ルゥが坂の上から、ロープで一気にすべり下りてきた。そのまま、俺のお腹の上にダイブしてきた。
「ぐえっ」
「カイ兄! やった! やったよ! ルゥのナイフ、ぜんぶ当たった!」
「わかった、わかったから、どいて……」
ノエルが盾を下ろして、へなへなと砂の上に座りこんだ。
「……手、しびれて、動かない」
そう言って、ノエルは笑った。三人で、しばらく砂の上に寝転がって、笑った。
砂の上に寝転がっていると、また、体の中に熱いものがどっと流れこんできた。大牙猪のときより、ずっと大きい。冒険者証の数字は、21から一気に26になっていた。ノエルは27、ルゥは19。レベル40の主を倒した分だ。
ドロップ品はゴルドスカラブが消えた場所に山になっていた。
ルーン硬貨が千枚以上。精錬石が五個。それに、上級精錬石と書かれた、見たことのない金色の石が一つ。
そして、その山のてっぺんにそれはあった。
金色の、兜。
金色の、鎧。
金色の、小手と、すね当て。
全部そろって、ひと組。
〔金の兜 +0〕
〔金の鎧 +0〕
〔金の小手 +0〕
〔金のすね当て +0〕
「い……一式……」
ルゥが口をぱくぱくさせた。
十年で、二回。三回目が今、目の前にあった。
そして、一式のわきにもう一つ。丸い、大きな盾が転がっていた。
〔金の盾 +0〕
俺は盾を拾って、ノエルに渡した。
「ノエルの」
「……また、わたしに?」
「受けとめてくれたのはノエルだから」
ノエルは金の盾を受けとって、胸に抱きしめた。何か言おうとして、でも言葉にならなくて、ただ、こくこくとうなずいた。
最後に、ドロップ品の山の底に手のひらくらいの金色に光る石が埋まっていた。
精錬石とはちがう。まるで、心臓みたいにゆっくりと明滅している。
〔黄金骸甲虫の核〕
拾い上げた、そのとき。
腰のナナシがかたかたと、ふるえだした。
ロストした小盾の灰を吸ったときと、同じふるえだった。
金色の核が俺の手の中でふわりと光の粒になった。粒は細い帯になって、ナナシのほうへ流れていく。錆びた刃の表面にすうっと吸いこまれていく。
ぱらり。
錆がまた一枚、はがれ落ちた。
はがれたところに細い線が一本、浮かび上がっていた。
刃の根元から、切っ先に向かって、まっすぐ走る、金色の線。
〔??? 名無しの短剣 +0〕
限界 ――
色 金
「……色?」
頭の中の文字に一行、増えていた。
第24話 了




