第23話 黄金骸甲虫をひっくり返せ
勇者たちが敗れた、という知らせは、その日のうちに街じゅうに広まった。
「剣聖さまの剣が、まったく通らなかったらしい」
「騎士さまが三人、骨を折ったって」
「やっぱり、第十層の主は、誰にも倒せないんだよ」
ギルドの酒場はそんな話でもちきりだった。
騎士団は次の挑戦は一か月後にする、と発表した。勇者たちの訓練をやりなおしてからということらしい。
その夜、工房の作業台に俺は大きな紙を広げた。第十層の砂の大広間を上から見た図だ。二回の下見で見たものを思い出せるかぎり書きこんである。
「作戦会議をします」
「はーい!」
「うん」
ルゥとノエルが紙をのぞきこんだ。ガンツさんも炉の前から、ちらちらとこっちを見ていた。
「まず、わかってること。ゴルドスカラブの背中の殻は、硬すぎて、何をしても通らない。天城の金の剣も騎士たちの槍もはじかれた。俺の+4の銀の剣でもたぶん無理だ」
「でも、お腹はやわらかいんだよね」
「そう。急所も、お腹の真ん中にある。だから、ひっくり返す」
「どうやって?」
ルゥが首をかしげた。
「あいつ、小屋くらいの大きさだよ。ノエル姉の盾でも押し返せないよ」
「押し返すんじゃない。あいつ自身の重さでひっくり返ってもらう」
俺は図の中の一か所を指さした。広間の東のはしに砂から顔を出している、大きな岩の坂がある。
「ここ。この岩、ゆるい坂になってて、上のほうは、けっこう高いところまで続いてる。突進してきたあいつが、この坂を駆け上がったら、どうなる?」
「……体が、斜めになります」
ノエルが言った。
「そう。前が上がって、お腹が、ちょっとだけ坂の下のほうに向く。そこで、坂の片側を崩す」
「崩す?」
「この岩の坂、下見のときに見たら、中の線がぐちゃぐちゃだった。ひびだらけなんだ。ナナシでつなぎ目を切れば、第三層の柱みたいに崩せる」
ノエルがはっとした顔になった。
「……わたしを助けてくれたときのあれ」
「そう、あれ。坂の右半分だけを崩す。そうすれば、あいつは右にかたむいて、横倒しになる。そのまま、転がって、背中から落ちる。……はずだ」
「はず?」
「計算どおりにいけば、だけど」
ガンツさんが炉の前でふんと鼻を鳴らした。
「甲虫の類はな、一度ひっくり返ると、起き上がるのにずいぶん手間がかかる。足が短い上に背中が丸いからな。ゆれるばかりでなかなか起きられん」
「知ってるんですか、ガンツさん」
「ドワーフは、地面の下のことなら、たいてい知っとる」
ガンツさんはそれだけ言って、また鉄を打ちはじめた。
「でも、カイ。どうやって、あいつを坂のほうに走らせるの?」
ノエルが聞いた。
「それはルゥの出番」
「ルゥ?」
「あいつ、光るものを追いかけるだろ。騎士団のときもルゥの銀のナイフに反応してた。ルゥが坂の上から、ナイフを光らせて、あいつを呼ぶ。あいつはまっすぐ坂を駆け上がってくる」
ルゥの尻尾がぴんと立った。
「ルゥ、おとり?」
「おとり。危ないけど、ルゥの足なら逃げられる。坂の上にロープを張っておく。ロープにつかまって、坂の反対側に飛び下りればいい」
「……うん。ルゥ、やる!」
「ノエルは、あいつが倒れたときに足の動きを止めてほしい。起き上がろうとして、足をばたばたさせるはずだ。その足に盾でぶつかって、じゃまをする」
「わかった」
「で、俺が、お腹に乗って、急所を突く」
三人で、図をもう一度じっくり見た。
「……成功すると思う?」
ルゥが小さな声で聞いた。
「わからない」
俺は正直に言った。
「たぶん、七割くらい。でも、失敗しそうになったら、すぐ逃げる。坂の裏から、広間の入り口までの逃げ道も確保しておく。命をかけるような賭けじゃない。そこは約束する」
ノエルとルゥが顔を見合わせて、うなずいた。
翌朝、俺たちは第十層に下りた。
広間の東の岩の坂にのぼって、準備をした。坂のてっぺんに鉄の杭を打ちこんでそこにロープを結ぶ。ロープの反対のはしは、坂の裏側の岩場にたらしておく。
坂の中ほどに立って、足もとの岩を見た。
光の線がぐちゃぐちゃにからまっている。その中に一つだけ、太い結び目があった。そこを切れば、坂の右半分が崩れる。
「……ここだな」
ナナシの刃先を結び目に当てて、印をつけた。
「準備、できたよ!」
坂のてっぺんでルゥが手を振った。銀の投げナイフを両手に一本ずつ握っている。
ノエルが坂のふもとの右側で盾を構えた。
俺は坂の中ほどの岩の陰に隠れた。ナナシを抜いて、印の上に刃先を置く。
深呼吸を一回。
「ルゥ、いいぞ!」
ルゥがナイフを高くかかげた。苔の光を受けて、銀の刃がぎらりと光る。
「おーい! でっかい虫ーっ! こっちだよーっ!」
広間の真ん中の砂が、もこっ、と盛り上がった。
砂が滝のように流れ落ちる。金色の殻がゆっくりと姿を現す。
ゴルドスカラブの頭が、坂のてっぺんを向いた。
ギチギチギチギチ。
あごが鳴った。
六本の足が砂をけった。
来る。
地面がゆれる。金色の山がまっすぐ坂に向かって突っ込んでくる。砂けむりが背後に高く舞い上がった。
坂のふもとにたどりつく。
ゴルドスカラブの前足が、岩の坂にかかった。体がぐぐっと斜めに持ち上がる。
お腹が見えた。
金色の殻の下の白っぽいお腹。その真ん中に光る点。
「ルゥ、跳べっ!」
ルゥがロープをつかんで坂の向こう側へ飛び下りた。
ゴルドスカラブが、坂のてっぺんに向かって、さらに体を持ち上げる。
今だ。
俺はナナシを結び目に突き立てた。
第23話 了




