第22話 砂の大広間の敗走
第十層はひとつの巨大な広間だった。
天井はドームのように丸く高い。床いちめんに金色の細かい砂がしきつめられていた。光る苔の明かりを受けて、砂がきらきらと輝いている。まるで、地下にある砂漠みたいだった。
広間のふちには、岩の出っぱりがいくつもあった。俺たちはそのうちの一つにのぼって、腹ばいになって広間を見下ろした。
「……いない?」
ノエルが小声で言った。広間には、何もいなかった。砂が静かに光っているだけだ。
「いるよ」
ルゥが広間の真ん中を指さした。
「砂の下。すっごく大きいの。ねてる」
目をこらすと、広間の真ん中の砂が、ほんの少しだけ、ゆっくりと上下していた。呼吸にあわせて、ふくらんだり、しぼんだり。
そして、砂の下から、光の線が透けて見えた。
大きい。馬車どころじゃない。砂の下に小屋くらいの大きさの何かが埋まっている。
線の形から、だいたいの体のつくりがわかった。背中はドーム形の殻でその殻の線は、金色にぎっしり詰まっている。硬い。大牙猪の皮なんかより、ずっと硬い。ナナシでつなぎ目を探しても殻には結び目がほとんど見当たらなかった。
でも、お腹のほうはちがった。
殻の下のお腹の部分。そこの線はゆるやかでまばらだ。やわらかいんだ。急所の光る点もお腹の真ん中にある。
「甲虫だからな」
俺は小声でつぶやいた。
「背中は硬いけど、腹はやわらかい。ひっくり返せば、勝てる」
「ひっくり返すって、あんなに大きいのを?」
「それを、これから考える」
その日はゴルドスカラブを起こさないようにそっと引き返した。
二日後。
勇者たちの討伐の日、俺たちは、また同じ岩の出っぱりにいた。
桜井との約束だった。気にかけておいてほしい、と頼まれた。だから、見ていることにしたのだ。
広間の入り口から、騎士たちが入ってきた。先頭にグラハム。その後ろに天城と神崎と、それから白いローブの桜井。騎士が十人。
「勇者殿、ご覧あれ。あれが黄金骸甲虫の眠る場所です」
グラハムの声がドームの天井に響いた。
「今日の討伐は、勇者の力を示す第一歩。街の者たちも勇者殿の勝利の知らせを待っております。さあ、存分に」
「はい」
天城が金の長剣を抜いた。
神崎が杖をかかげて、何かの呪文を唱えた。杖の先から、真っ赤な火の玉が飛び出して、広間の真ん中の砂にどかんと命中した。
砂が爆発したみたいに舞い上がった。
そして、砂の中から、それが起き上がった。
金色の、巨大な甲虫。
小屋ほどもある体が、ずるずると砂から這い出してくる。ドーム形の背中は、磨いた金貨みたいにぎらぎら光っていた。頭の先には、槍みたいな角が一本。六本の足は一本一本が、丸太みたいに太かった。
ギチギチギチ、と、あごが鳴った。
〔黄金骸甲虫 Lv40〕
レベル40。天城の倍近い。
「かかれ!」
グラハムの号令で騎士たちが一斉に突っ込んだ。
天城が先頭を走った。剣聖というだけあって、速い。あっという間にゴルドスカラブの横に回りこんで金の長剣を背中の殻にたたきつけた。
ガキィィン。
耳が痛くなるような音がして、天城の剣が、はじき返された。
殻には、傷ひとつついていなかった。
「……くっ!」
天城はもう一度、斬りつけた。二度、三度。そのたびに剣ははじかれた。騎士たちの剣も槍も、まったく通らない。
神崎の火の玉が殻に当たって、ぱっと散った。殻の表面が少し黒くすすけただけだった。
ゴルドスカラブが、ぐるりと体をひねった。
角が横なぎに振られた。騎士が三人、まとめて吹き飛ばされた。金の鎧が砂の上をごろごろ転がった。
「ひるむな! 隊列を組みなおせ!」
グラハムが叫んだ。でも、ゴルドスカラブは待ってくれなかった。六本の足で砂をけり上げると、ものすごい勢いで突進してきた。
騎士たちがばらばらに逃げまどう。
天城だけが逃げなかった。
「うおおおおっ!」
正面から、突進してくるゴルドスカラブに向かって、剣をふりかぶった。
「だめ、天城くん!」
桜井の悲鳴が聞こえた。
天城の剣が角にぶつかった。
がきん、と鈍い音がして、天城の体が、ボールみたいに宙に舞った。砂の上に落ちて、二回、三回と転がって、止まった。
動かなかった。
「天城くん!」
桜井が駆け寄ろうとする。でも、ゴルドスカラブは、倒れた天城のほうにゆっくりと向きを変えていた。
あごがギチギチと鳴った。
「……行くぞ」
俺は岩の上で立ち上がった。
「ルゥ、あいつの目の前にナイフを投げろ。当てなくていい。気を引くだけでいい」
「わかった!」
「ノエル、天城を運ぶのを手伝ってくれ」
「うん!」
ルゥが岩の上から銀の投げナイフを放った。ナイフはゴルドスカラブの目の前の砂にざくっと突き刺さった。銀の光がぎらっと反射する。
ゴルドスカラブの頭が、ぎゅんとこっちを向いた。
「こっちだよ、でっかい虫!」
ルゥが岩から岩へ、ひょいひょいと跳び移りながら、二本目、三本目のナイフを投げる。ゴルドスカラブは、光るナイフを追いかけるように広間のふちのほうへ向きを変えた。
そのすきに俺とノエルは砂の上に飛び下りて、天城のところへ走った。
天城は気を失っていた。額から血が出ている。金の鎧の胸のところが、大きくへこんでいた。
「足を持って!」
ノエルと二人で天城を引きずるようにして、広間の入り口まで運んだ。桜井が泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
「鳴海くん……!」
「桜井さん、治療を。入り口の外まで下がって」
桜井はこくこくとうなずいて、天城の胸に手を当てた。白い光があふれだす。
グラハムが呆然とした顔で俺を見ていた。
「お前……なぜ、ここに」
「知り合いに気にかけてくれって頼まれたんです」
それだけ言って、俺はルゥのほうを振り返った。
ルゥは岩の上にいた。ゴルドスカラブは、ルゥのいる岩の下で角を振り回していた。
「ルゥ、もういい! こっちへ!」
「はーい!」
ルゥは岩のふちを走って、入り口までぴょんぴょん戻ってきた。
騎士団は倒れた騎士たちをかついで広間から撤退した。
ゴルドスカラブは、しばらく入り口のほうをにらんでいたけど、やがて、ずるずると砂の中へ潜っていった。
第九層に上がる階段の途中で天城が目をさました。
桜井に治療されて、傷はふさがっていた。天城はぼんやりと天井を見上げていたけど、やがて、横にいる俺に気づいた。
「……鳴海」
「よう」
「お前が……運んだのか」
「ノエルと二人でな」
天城は何か言いかけて、口をつぐんだ。
それから、そばに落ちていた自分の金の長剣を見た。刃の真ん中に小さな欠けができていた。
「傷ひとつ、つけられなかった」
天城はつぶやくように言った。
俺は何も言わなかった。
グラハムの号令で騎士団は地上へ引き上げていった。天城は最後まで俺のほうを振り返らなかった。
桜井だけが階段の上で振り返って、両手を合わせて、小さく頭を下げた。
第22話 了




