第21話 剣聖と「+3まで」
第九層の階段の前で俺たちは足を止めた。
通路の先から、がしゃがしゃと鎧の音が聞こえてくる。それも、一人や二人じゃない。十人以上の足音だ。
「……人のにおい。いっぱい。あと、金ぴかのにおい」
ルゥが鼻をひくつかせた。
角を曲がってきたのは、金の鎧を着た騎士たちだった。その真ん中に天城と神崎がいた。桜井の姿は見えなかった。
「ん?」
先頭を歩いていた騎士団長のグラハムが、俺たちに気づいて足を止めた。
「冒険者か。ここから先は明後日の討伐にそなえて、騎士団が下見をしている。道をあけろ」
「あ、はい」
俺たちは壁ぎわに寄った。騎士たちがじろじろとこっちを見ながら通りすぎていく。
そのとき、神崎が、すっとんきょうな声を上げた。
「あれっ!? 鳴海じゃね!?」
天城がぴたりと足を止めた。
「……鳴海?」
天城が俺の顔を見た。まるで、幽霊でも見たような顔をしていた。
「生きてたのか」
「生きてるよ。一応」
「うわ、マジで鳴海だ。なんでこんなとこいんの? 冒険者やってんの? 解体屋なのに?」
神崎が面白そうに俺のまわりをぐるぐる回った。悪気はないんだろうけど、ちょっとうっとうしい。
「勇者殿のお知り合いですかな」
グラハムが眉をひそめて聞いた。
「召喚のとき、いっしょに来た人です。職業がハズレで城を出された」
天城が短く答えた。事実だけど、もう少し言い方があると思う。
「ああ、あのときの解体屋か」
グラハムは俺の頭のてっぺんから足の先までじろりと見た。そして、腰の銀の剣に目をとめた。
「……その剣。+4か」
さすが騎士団長だ。見ただけでわかるらしい。
「はい」
「ふん。解体屋が身のほど知らずな真似をする」
グラハムは鼻を鳴らした。
「若いの、ひとつ教えておいてやろう。王国では+3をこえる強化は、固く戒められておる。なぜかわかるか」
「失敗すると、装備が壊れるからですか」
「それもある。だがそれだけではない」
グラハムは自分の腰の金の長剣をぽんとたたいた。
「装備の強さとは、その装備を生み出した神の恵みそのものだ。人の手でそれをむりやり引き上げようとする行いは、神の領域をおかすことにほかならん。+3までは神もお目こぼしくださる。だがそこから先は、欲に目がくらんだ者の博打だ」
後ろで、ノエルがぎゅっとこぶしを握るのがわかった。
「実際、わしは見てきた。+6や+7に挑戦して、代々の家宝の剣を灰にした愚か者どもをな。その中には、わしの部下だった騎士もおった」
ノエルがはっと顔を上げた。
グラハムはノエルのほうを見なかった。気づいていないようだった。
「分をわきまえろ、解体屋。その剣もいずれ灰になる」
そう言って、グラハムは歩きだした。騎士たちがあとに続く。
天城はまだ、俺の前に立っていた。
俺の腰の剣をじっと見ていた。
「……+4の銀の剣、か」
「うん」
「強いのか」
「たぶん、お前の金の剣と、同じくらいには」
「……レベルは」
「21」
「俺は24だ。力は二百をこえてる。お前の力は?」
「16」
天城は一瞬、言葉につまった。十倍以上の差。それがどれだけ低いか、天城にもわかったんだろう。
天城の目がすっと細くなった。
「銀の剣が、金の剣と同じ?」
「強化値がひとつ上がると、けっこうな差になるんだ。お前の剣、なじみ……使い込みもまだ全然だろ。+3までなら失敗しないし、やってみたら――」
「必要ない」
天城はきっぱりと言った。
「騎士団長が言ったとおりだ。+3をこえる強化は、この国では禁じられてる。俺たちはこの国に呼ばれた勇者だ。この国の決まりを守るのは当然だろう」
「+3までは、禁止されてないって」
「王家の宝に石を当てるわけにはいかない」
天城はそう言って、俺に背中を向けた。
「鳴海。お前はお前のやり方でやればいい。でも、俺たちの邪魔はするな」
天城は騎士たちのあとを追っていった。神崎が「じゃあなー」と手を振って、あわてて天城を追いかけた。
通路に、静けさが戻った。
「……なんか、いやな感じ!」
ルゥがほっぺたをふくらませた。
「カイ兄、せっかく教えてあげたのに!」
「まあ、そんなもんだよ」
天城はまじめだ。まじめすぎる。決まりは守るものだと思っているし、目上の人の言うことは正しいと思っている。それはたぶん悪いことじゃない。ただ、今回は、その決まりが天城の足を引っぱっている。
でも、それを天城に押しつけるのは俺の仕事じゃない。
ふと見ると、ノエルがまだ、騎士たちの去った通路を見つめていた。
「ノエル?」
「……さっき、騎士団長さまが言っていた部下の騎士。たぶん、父のことです」
ノエルは静かに言った。
「父も、若いころに一度、+7に挑戦して剣をなくしたことがあるって、母から聞いたことがあります。それで、騎士団の中でずいぶん笑われたって」
「そうだったのか」
「だから父は、わたしにあの銀の剣を遺すとき、言ったんです。『強化は、あせらずにやれ』って」
ノエルは自分の銀の盾を見下ろした。+6の光がうっすらと表面をおおっている。
「わたし、その言いつけを守れませんでした。でも、今は、ちゃんとわかります。父が言いたかったのは、強化をするなって意味じゃなかった。あせるなって、意味だったんだって」
ノエルは顔を上げて、少しだけ笑った。
「行こう、カイ。主の下見、しなきゃ」
「……うん」
第十層に下りる階段は、それまでの階段より、ずっと幅が広かった。
下から、かすかにかさかさと何かがこすれる音が聞こえてきた。
第21話 了




