第20話 聖女の夜の訪問
工房の作業台に桜井ミオが座っていた。
なんだか、ものすごく場違いな光景だった。すすけた壁と、鉄くずの山と、白いローブの聖女さま。ガンツさんはどう扱っていいかわからないらしく、炉の前でそわそわしていた。
「急に押しかけて、ごめんね。宿舎をこっそり抜けてきたから、あんまり長くはいられないんだけど」
桜井は申しわけなさそうに言った。
「鳴海くんのこと、ずっと気になってたの。城を追い出されてからどうしてるかなって。こっちの街に来て、ギルドの人に聞いたら、大牙猪を倒した解体屋がいるって。名前を聞いたら、鳴海くんだったから、びっくりして」
「わざわざ、ありがとう」
なんと言っていいかわからなくて、とりあえずお礼を言った。
教室ではほとんど話したことがなかった。でも、たしかに城の広間で俺が追い出されるとき、声を上げてくれたのは桜井だけだった。
「元気そうでよかった」
桜井はほっとしたように笑った。それから、俺の両どなりに座っているノエルとルゥを見た。
「えっと……こちらは?」
「仲間。ノエルと、ルゥ」
「ノエル・ヴァルトと申します。聖女さま」
ノエルがきちんと背筋を伸ばして頭を下げた。桜井が相手だと、敬語になるらしい。
「ルゥだよ! カイ兄の仲間!」
ルゥは桜井のにおいをくんくんかいでから、首をかしげた。
「……聖女さま、お花のにおいがする。あと、ちょっとだけ、つかれたにおい」
「えっ」
桜井が目をぱちくりさせた。
「……わかっちゃうんだ」
桜井は少し困ったように笑った。
「実はね。お城での毎日、けっこう、しんどいんだ」
桜井の話によると、召喚されてから一か月半、三人はずっと城で訓練をしていたらしい。朝から晩まで剣の稽古と魔法の勉強と、王国の歴史と礼儀作法。
「天城くんが、一番がんばってる。剣聖って、すごい職業なんだって。でも……最近、ちょっと、様子が変なの」
「変?」
「伸びないんだって。最初の二週間はどんどん強くなったのにそこから、ぴたっと止まっちゃったみたいで。騎士団長さんには、才能はあるのに気持ちが足りないって、毎日怒られてる」
伸びない、か。
「武器は? 天城の剣って、ずっと同じやつ?」
「うん。王家の宝物庫の金の長剣。すごくいいものなんだって」
「強化はしてない?」
「強化?」
桜井はきょとんとした。
「してないと思うよ。王国では+3以上の強化は、よくないことなんだって。神さまの領域をおかすとか……。王家の宝を石で傷つけるなんてとんでもないって、騎士団長さんが言ってた」
やっぱり、そうか。
剣聖っていう職業が、どれだけすごいのかは、わからない。でも、どんなにうまい剣士でも剣そのものの強さには、限界がある。最初の二週間で天城の腕が剣に追いついた。そこから先は剣が天城の足を引っぱっているのかもしれない。
「鳴海くんは、強化、するの?」
「する。これ、見てみて」
腰の銀の片手剣を抜いて、作業台に置いた。
刃の中を太い光の線が走っている。+4の光だ。
「わあ……きれい」
「+4。銀だけど、たぶん、天城の金の剣と同じくらいの強さはある」
「え……銀なのに?」
「強化すれば、ランクの差はひっくり返せるんだよ。一つ上がるたびにけっこう強くなる。+3までは失敗もしないし」
桜井はしばらく銀の剣を見つめていた。
「……そうなんだ。わたし、何にも知らなかった。お城の人たちが言うことをそのまま信じてた」
「知らなくて当然だよ。誰も教えてくれないんだから」
「天城くんに教えてあげたほうがいいかな」
俺は少し考えた。
「言ってもいいけど、たぶん、聞かないと思う。騎士団長が反対するだろうし。天城も、そういうのをきっちり守るタイプだし」
「……たしかに」
桜井は苦笑いした。
それから、少しだけ、真剣な顔になった。
「あのね。今日はそれを言いに来たのもあるの。五日後の第十層の主の討伐。騎士団長さんは勇者の力を街の人たちに見せるためのお披露目みたいに考えてるの。でも、わたし、なんだか、いやな予感がして」
「いやな予感?」
「うまく言えないんだけど……天城くん、最近、すごくあせってる。騎士団長さんに怒られるたびにもっと強くならなきゃって。そういうときって、無理しちゃうでしょ」
ノエルが小さく息をのんだ。
「だから、もし鳴海くんたちが第十層の近くにいたら……ちょっとだけ、気にかけておいてくれないかな。わたしが言うのも変だけど」
「……わかった」
俺がうなずくと、桜井は、ほっとしたように笑った。
「ありがとう。……あ、そうだ」
桜井は胸の前で両手を組んだ。手のひらのあいだから、やわらかい白い光があふれだした。
「お礼にもならないけど。聖女の祝福、ちょっとだけ」
白い光がふわっと広がって、工房の中を満たした。温かかった。この二週間、石の迷路で受けた小さな傷や、筋肉の痛みが、すうっと消えていく。ノエルの腕のあざもルゥのひざのすり傷もきれいに治っていった。
「わあ、すごい! 痛くなくなった!」
ルゥがぴょんぴょん跳ねた。
「本当に……ありがとうございます、聖女さま」
「ミオでいいよ、ノエルさん。同い年くらいでしょ?」
「え、あ、はい。……ミオ、さん」
ノエルがちょっと照れたように言った。
桜井はフードをかぶりなおして、扉のところで振り返った。
「鳴海くん。また、来てもいいかな」
「いいけど。見つかったら、怒られるんじゃない?」
「そのときは、そのとき」
いたずらっぽく笑って、桜井は夜の通りに消えていった。
扉が閉まると、工房の中が、急に静かになった。
なぜか、ノエルが、じとっとした目で俺を見ていた。
「……カイ。同じ学校の同級生なんだよね」
「そうだけど」
「ふうん」
「なに?」
「なんでもない」
ノエルはぷいっと横を向いて、盾をみがきはじめた。ルゥがにやにやしながら、俺とノエルを交互に見ていた。
よくわからないけど、とりあえず、明日の準備をしよう。
俺はガンツさんの棚から、太いロープを三本と、鉄の杭を十本、借りることにした。
第20話 了




