第25話 低層卒業
金の一式をかついでギルドに入ったとき、一階の空気が、完全にこおりついた。
酒場のジョッキが、いくつも床に落ちて割れた。マリーさんは今度は書類じゃなくて、自分のペンを落とした。
「そ、それ……ぜ、ぜんぶ、金……」
「第十層の主、倒しました」
俺が言うと、ギルドの中が、わあっとどよめいた。
「うそだろ!?」
「勇者さまでも倒せなかったのに!?」
「あの解体屋が!?」
あっという間にまわりを冒険者たちに取り囲まれた。金の鎧をさわろうとする人、ルゥを抱き上げて胴上げしようとする人、ノエルに握手を求める人。もみくちゃだった。
騒ぎを聞きつけて、奥から支部長が出てきた。金の一式を見て、ひげをなでる手が止まった。
「……十年ぶりか」
支部長はしばらく黙って金の鎧を見ていた。
「どうやって倒した」
「坂を崩して、ひっくり返しました。あとはお腹を」
「坂を崩した、か」
支部長はふっと笑った。
「大牙猪のときは天井で今度は坂か。解体屋というのは、迷宮そのものまでばらしてしまうらしいな」
その日のうちに俺たちのランクが上がった。
俺はEからDへ。ノエルはDからCへ。ルゥはFからEへ。レベルも俺が26、ノエルが27、ルゥが19。この街に来たとき、レベル1だったのがうそみたいだ。
「これで、ノエルさんがCランクですから、パーティとしてはCランクまでの依頼を受けられます。……それから、これは討伐の報酬です」
マリーさんがずっしり重い袋をカウンターに置いた。三千ルーン。ゴルドスカラブが落とした硬貨と合わせると、四千ルーンをこえた。
ギルドの酒場のすみで黄金獅子のブラッドが、ジョッキを握りしめてこっちをにらんでいた。何も言ってこなかった。言えなかったのかもしれない。
帰りぎわ、支部長に呼び止められた。
「鳴海。お前たち、この先はどうするつもりだ」
「第十一層に行ってみようかと」
「行けんぞ」
支部長はあっさり言った。
「第十層の広間のいちばん奥に大きな石の扉があっただろう。あれは『封印の大扉』といってな。百年前に王国が閉じた。その先に何があるのか、今は誰も知らん。この街の迷宮は第十層で行き止まりだ」
そういえば、砂の大広間の奥の壁に見上げるような扉があった。飾りだと思っていた。
「じゃあ、金より上の装備は……」
「この国の外にある。南東の火山の街ヴォルカには、火の迷宮があって【赤】が出る。西の湖の都ミスティアの水晶洞では【青】。東の国境をこえた獣人の国の森では【黒】。その北の滅びた古い王国の墓には【骸骨】。さらに海の向こうの大陸には、竜の谷と、古代の都があるそうだ」
支部長は壁に貼られた古い世界地図を指でとんとんとたたいた。
「強くなりたければ、旅に出るしかない。本当に強い冒険者は、みんなそうしてきた」
地図の上には、見たこともない名前の街や、森や、海が、びっしり書きこまれていた。
その夜、ヴァルト家の屋敷でささやかなお祝いをした。
屋敷の食堂はほこりっぽくて、天井に大きなしみがあったけど、長いテーブルと椅子がたくさんあった。ルゥとトトとミミが、何日もかけて掃除をしたらしい。テーブルの上には、ノエルとルゥが作ったシチューと、パンと、焼いた肉がならんでいた。
ガンツさんも来てくれた。
「わしは飯を食いに来ただけだ」
そう言いながら、どこかで買ってきたらしい、大きな果物のかごをどすんとテーブルに置いた。
トトはルゥの隣で金の兜をかぶってはしゃいでいた。頭がすっぽり隠れて、前が見えなくなっていた。ミミはノエルのひざの上でうとうとしていた。
「かんぱーい!」
ルゥが果物のジュースの入ったコップを高く持ち上げた。
「かんぱい」
みんなでコップを合わせた。
食事のとちゅうでノエルが、テーブルの上に一通の手紙を置いた。
「さっき、ギルドのマリーさんから預かったの。カイあての手紙だって」
白い封筒に金色の封蝋がしてあった。王国の紋章だ。開けてみると、二枚の紙が入っていた。
一枚目は桜井からだった。丸っこい、女の子らしい字だった。
『鳴海くんへ。
天城くんを助けてくれて、本当にありがとう。
第十層の主を倒したって、聞きました。すごいね。お城の人たちはたまたまだとか、勇者が弱らせたおかげだとか言ってるけど、わたしは知ってる。鳴海くんたちがちゃんと自分の力で倒したんだって。
また、会いに行きます。
桜井ミオ』
二枚目はたった一行だった。
角ばった、まっすぐな字。
『借りは、必ず返す。 天城レン』
「……天城らしいな」
思わず、笑ってしまった。
ノエルが横から一枚目の手紙をのぞきこんでまた、じとっとした目になった。
「……また、会いに行きます、だって」
「うん」
「ふうん」
「だから、なんなんだよ、それ」
「なんでもないってば」
ルゥがシチューをほおばりながら、にやにやしていた。ガンツさんがひげの中でくっくっと笑っていた。
食事が終わるころ、俺は、支部長の話をみんなにした。
「旅に出ようと思う」
テーブルがしんとした。
「この街の迷宮は、第十層で行き止まりだ。赤から上の装備は、ほかの土地にしかない。だから、行ってみたい。火山の街にも湖の都にも海の向こうにも」
言いながら、自分の声が少しはずんでいるのがわかった。『デッドライン・サバイバー』でもいちばんわくわくしたのは、地図の外に踏み出す瞬間だった。
「もちろん、無理にとは言わない。ノエルにはこの屋敷があるし、ルゥにはトトとミミがいる」
「行く」
ノエルがすぐに言った。
「わたし、ヴァルト家を立て直したいって、ずっと思ってた。でも、この街で同じことをくり返してるだけじゃ、たぶん無理。……それにカイ一人で行かせたら、どこかでまた天井を崩して、生き埋めになりそうだし」
「ならないって」
「ルゥも行く!」
ルゥが椅子の上に立ち上がった。
「ルゥのお父さんとお母さん、東の獣人の国の人なの。ふるさとの森、いっぺん見てみたい」
それから、ルゥは、トトとミミのほうを見て、耳を少しだけ伏せた。
「……でも二人が」
「ルゥねえ、行ってきていいよ」
トトが兜をかぶったまま言った。
「おれ、もう迷宮には一人で行かないし。ミミのめんどうも見る」
「うちの近所のおかみさんに頼んでやる。ギルドのマリーも子ども好きだ。仕送りさえ切らさなければ、なんとかなる」
ガンツさんが果物をかじりながら、ぼそりと言った。それから、ひげをしごいて、俺を見た。
「南東の火山の街と言ったな」
「ヴォルカ、って」
「わしの生まれた街だ」
みんながいっせいにガンツさんを見た。
「弟が、実家の工房を継いどる。……わしも行く。案内くらいはしてやる。それに、旅先で強化をするなら、炉と金床がいるだろうが」
「え、ガンツさんも来るんですか? でも、炉なんて、どうやって……」
「荷馬車に積めばいい。炉ごとな」
ガンツさんはなんでもないことのように言った。
「グラナートの工房は、しばらく閉める。四十年、休まず鉄を打ってきたんだ。少しくらい留守にしても、罰は当たらん」
お祝いのあと、工房に戻って、屋根裏のベッドに寝転んだ。
窓から、迷宮の穴が見える。
この街に来て、二か月とちょっと。
馬小屋のわらの上で寝た最初の夜から、ずいぶん遠くまで来た。ハズレ職の解体屋が、第五層の主と、第十層の主を倒した。仲間ができた。帰る場所ができた。
でも、世界は、まだほとんど知らない。
赤、青、黒、骸骨。竜に、古代。支部長の地図にあった土地の一つ一つに見たこともない装備が眠っている。そして、金より上の装備を強くするには、精錬石を十個まとめてつくる「上級精錬石」がいる。一個で、千五百ルーン。ロストしたときの痛さも今までとはくらべものにならない。
まくらもとのナナシを手に取った。
〔??? 名無しの短剣 +0〕
限界 ――
色 金
錆の間から、金色の線が一本、細く光っていた。
ロストした小盾の灰と、主の核。この短剣は失われたものと、倒したものの力を吸って、少しずつ錆を落としていく。
色、という文字が出たってことは。
この先、ほかの色もあるんだろう。
「……楽しみになってきたな」
ナナシを月明かりにかざす。
金色の線が夜の中ですっと光った。
第25話 了




