第18話 ルゥの帰る場所
ルゥの住んでいる場所に初めて行った。
街の南側、迷宮の穴から少し離れたところに古い倉庫が集まっている一角がある。スラムと呼ばれている場所だ。屋根の落ちた倉庫の一つに木の板と布でつくった、小さな部屋があった。
「ここがルゥのおうち! せまいけど、雨はもれないんだよ」
ルゥはちょっと得意そうに言った。
部屋の中には、わらを詰めた布が三枚しいてあって、すみっこにルゥが拾ってきたボロが山になっていた。そのボロを小さな女の子がぼろ布で一生懸命みがいていた。
「ミミ、ただいま! お客さん連れてきた!」
ミミは三歳か四歳くらいのウサギの耳の女の子だった。俺とノエルを見ると、さっとトトの後ろに隠れた。トトは大牙猪の件以来、俺のことを英雄か何かだと思っているらしく、目をきらきらさせていた。
「カイにいちゃん! ノエルねえちゃん!」
「トト、元気そうだな」
「うん! もう迷宮には一人で行かない! ルゥねえにめちゃくちゃ怒られたから!」
トトは胸を張って言った。胸を張るところじゃないと思う。
ノエルが持ってきたパンと干し肉を広げると、ミミもそろそろと出てきて、いっしょに食べはじめた。
ルゥは二人が食べているのをにこにこしながら見ていた。自分はほんの少ししか食べていなかった。
「ルゥは、いつからここに住んでるんだ?」
聞くと、ルゥは少し考えるような顔をした。
「えっとね、四年前くらい。ルゥが九つのとき」
「それまでは?」
「お父さんとお母さんと、街の宿に住んでた。二人とも冒険者だったの」
ルゥは干し肉をちぎりながら、なんでもないことみたいに言った。
「お父さんとお母さんは、東の獣人の国の生まれなの。ある日、ふるさとの森まで行く仕事があるって出かけて、帰ってこなかった。ギルドの人がたぶん、森の奥でって。それで、宿代が払えなくなって、ここに来たの」
ノエルがパンを持った手を止めた。
「トトとミミはね、あとから来たの。トトは二年前にこの倉庫の前で泣いてた。ミミは去年、雨の日に箱の中に入ってた。だから、ルゥが、お姉ちゃんになったの」
ルゥはミミの頭をなでた。ミミはうれしそうに目を細めた。
「ルゥ、お父さんとお母さんみたいな、すごい冒険者じゃないから、深いところには行けないけど。拾い屋なら、浅いところでもできるから。二人に、ごはん食べさせられるから」
そう言ってから、ルゥは、ちらっと俺のほうを見た。
なんだか、ちょっとだけ、不安そうな目だった。
「……カイ兄。ルゥ、これからもカイ兄たちといっしょに行っていい?」
「え?」
「ルゥ、戦うの、あんまりできないし。石投げるだけだし。ノエル姉みたいに盾もないし。カイ兄みたいに弱いとこも見えないし。……これから深いとこに行ったら、ルゥ、じゃまになる?」
ルゥの耳がぺたんと寝ていた。
ああ、そうか。ずっと、それを気にしていたのか。
「ルゥ」
俺はルゥの前にしゃがんで目の高さを合わせた。
「大牙猪のとき、トトがどこにいるか、最初に見つけたのは誰だ」
「……ルゥ」
「ハルムの森で鎧トカゲが三匹、茂みのむこうに隠れてたのに気づいたのは?」
「ルゥ」
「欠片が落ちてるのをにおいで見つけてくるのは?」
「……ルゥ」
「ルゥがいなかったら、俺たち、とっくに何回か死んでるよ」
ルゥの耳がぴくっと動いた。
俺は背負い袋から、布でくるんだものを取り出した。
銀の投げナイフが、五本。この二週間でオークが落としたものだ。どれも手のひらくらいの大きさで刃のうしろに指をかける輪っかがついている。
〔銀の投げナイフ +3〕
五本ともゆうべのうちに+3にしておいた。
「これ、ルゥの。石より、ずっと遠くまで届くし、刺さる」
ルゥはナイフと俺の顔を何度も見くらべた。
「……ルゥの?」
「ルゥの」
「ぴかぴか、してる……」
「+3だからな。それと、今日から、ルゥは正式に俺たちの仲間だ。見習いじゃなくて、仲間。分け前もちゃんと三等分」
ルゥはナイフを胸に抱えて、しばらく動かなかった。
それから、うわあああん、と大声で泣きだした。
「ちょ、ルゥ?」
「だっ、だって、だってぇ……ルゥ、ずっと、ずっと一人で……」
トトとミミがびっくりしてルゥにしがみついた。そして、なぜか二人ともいっしょに泣きだした。
倉庫の中に三人ぶんの泣き声が響きわたった。
俺はどうしていいかわからなくて、ノエルの顔を見た。ノエルは目をうるませながら、くすくす笑っていた。
しばらくして、泣きやんだルゥの頭をなでながら、ノエルが言った。
「ねえ、ルゥちゃん。うちに来ない?」
「……ノエル姉のうち?」
「わたし、ヴァルト家の古い家に一人で住んでるの。昔は使用人もいた家だから、部屋だけはたくさんあるんだ。ぼろぼろだけどね。トトくんとミミちゃんもいっしょにみんなで住めるよ」
ルゥの目がまん丸になった。
「い、いいの? ルゥたち、スラムの子だよ?」
「関係ないよ。わたしも一人で住むには広すぎて、夜が静かすぎて、ちょっとさびしかったの」
ノエルはミミの頭をそっとなでた。
「それに、仲間でしょ?」
その週のうちにルゥたち三人は、ヴァルト家の古い屋敷に引っ越した。
引っ越しの荷物は、わらの布団三枚と、みがきかけのボロの山だけだった。ボロの山は俺が工房に引きとった。
引っ越しの日、屋敷の玄関でルゥは振り向いて、俺に手を振った。
「カイ兄! ルゥ、ここがおうちになった!」
尻尾がちぎれそうなくらい、ぶんぶんゆれていた。
第18話 了




