第17話 ノエルの+6
三日後の夜、ノエルが工房にやってきた。
手には、銀の盾を持っていた。いつもとちがって、表情がかたかった。
「カイさん。この前、聞きそびれたことを聞いてもいいですか」
「うん」
「父の剣のこと、です」
ノエルは作業台の向かいに座った。まっすぐ俺の目を見ていた。
「一年前、わたしは同じ日に四回続けて強化しました。+4、+5、+6、+7。……カイさんの言う、ひずみ、というのが本当にあるなら。+7に挑戦したとき、父の剣は、どうなっていたんでしょうか」
俺はベッドの下から紙の束を出してきた。ひもをほどいて、作業台に広げる。
「俺が今まで試した記録。+4と+5だけで二百回以上ある」
ノエルが紙に目を落とした。細かい字でびっしり書かれた、星の数と、成功と、失敗。
「強化を一回すると、ひずみが星一つ増える。三回続けたら、星三つ。四回目のときは星三つか四つ残ってる。星一つでだいたい十パーセント下がる」
ノエルの指が紙の上で止まった。
「……じゃあ、父の剣の+7は」
「公式の表だと四十パーセント。でも、ひずみが星三つ残ってたとしたら、十パーセントくらい。なじみしだいだけど、よくて十五パーセント」
ノエルは何も言わなかった。
紙を見つめたまま、じっと動かなかった。
「……十回に一回か、二回」
やがて、ぽつりと言った。
「わたし、半分くらいは成功すると思っていました。+6が成功したから、運が向いてるんだって。でも、本当は……十回に一回しか、成功しない賭けだったんですね」
「知らなかったんだから、しかたないよ。誰も知らないんだ。ギルドの表にもどこにも書いてない」
「でも」
ノエルの声がふるえた。
「一晩、待っていれば。次の日まで待っていれば、父の剣は……」
ぽたり、と紙の上にしずくが落ちた。
ノエルが泣いていた。声を出さずに唇をかんで肩をふるわせて。
俺は何も言えなかった。気のきいた言葉なんて、一つも思いつかなかった。だから、黙って、ノエルが泣きやむのを待った。
炉の火がぱちぱちと音を立てていた。
しばらくして、ノエルは袖で目をぬぐった。
「……すみません。取り乱しました」
「ううん」
「でも、少しだけ、ほっとしました」
ノエルは赤くなった目でちょっとだけ笑った。
「ずっと、エンチャントは神さまの気まぐれでわたしは神さまに見放されたんだと思っていました。でも、ちがったんですね。ちゃんと、理由があった。理由があるなら……次は、まちがえずにすみます」
ノエルはひざの上の銀の盾を作業台に置いた。
〔銀の盾 +5〕
なじみ ★★★★☆
ひずみ ☆☆☆☆☆
この三日のあいだにノエルに頼まれて、+4と+5まで上げていた。+5は一度失敗して+4に下がったけど、次の日にもう一度挑戦して成功した。
「カイさん。この盾を+6にしたいです」
俺は思わずノエルの顔を見た。
「+6は、失敗したらロストだぞ」
「はい。わかっています」
「……なんで急に」
「急じゃありません。この三日間、ずっと考えていました」
ノエルは盾のふちを指でなぞった。
「わたしは盾役です。みんなの前に立って、攻撃を受けとめるのが仕事です。これから先、もっと深い層に行けば、もっと強い攻撃がくる。そのとき、盾が弱かったら、わたしの後ろにいるカイさんやルゥちゃんが、けがをします」
ノエルは顔を上げた。
「それに。怖いものから、ずっと逃げていたくないんです」
灰色の目が炉の火を映して、ゆらゆら光っていた。
俺は紙の束から一枚を抜いて、計算した。
「公式の表で五十パーセント。なじみ★4でプラス十二。ひずみはゼロ。石はこの前の大牙猪が落とした精錬石を使う。……だいたい、六十二パーセント」
「十回に、六回か七回」
「うん。三回か四回は失敗する」
「安全石というのが、あるんですよね。ロストを防いでくれる」
「あるけど、一個三千ルーンする。大牙猪の報酬を三人ぶん集めても足りない」
ノエルはしばらく黙っていた。それから、こくりとうなずいた。
「……やります」
「本当に?」
「はい。でも、一つだけ、お願いがあります」
「なに?」
「石を当てるのは、わたしにやらせてください。カイさんはとなりにいてください」
俺は精錬石を二個、ノエルの手のひらにのせた。
ノエルは石を両手でつつんで目を閉じた。深呼吸を一回、二回。
それから、目を開けて、石を盾の真ん中に当てた。
光った。
石が溶けていく。盾が白い光につつまれる。
ノエルの手がふるえていた。俺は何も言わずにそのふるえる手の上に自分の手を重ねた。
ノエルがはっとしたように俺を見た。
――パチン。
澄んだ音が工房に響いた。
盾の表面を光の波が、ふちから真ん中へ、ぐるりと走り抜けた。
〔銀の盾 +6〕
なじみ ★★★★☆
ひずみ ★☆☆☆☆
ノエルはしばらく、息をするのも忘れたみたいに盾を見つめていた。
「……成功、した」
「成功した」
「成功、しました……!」
ノエルは盾を両腕でぎゅっと抱きしめた。
「やった……やったよ、カイ!」
それから、自分の言ったことに気づいて、ぱっと顔を赤くした。
「あっ、ご、ごめんなさい、カイさん、呼び捨てにして……」
「いいよ。そっちのほうがいい」
ノエルは赤い顔のまま、しばらく口をもごもごさせていた。
「……じゃあ、カイ、って呼ぶね。そのかわり、カイも、わたしに敬語、使わないでよ」
「最初から使ってないけど」
「あ、そっか」
ノエルがふふっと笑った。今まで見た中でいちばん明るい笑顔だった。
炉の奥でガンツさんが、わざとらしくせきばらいをした。
「……夜中にうるさいぞ、お前ら」
そう言いながら、ガンツさんはハンマーを置いて、盾をのぞきこんだ。そして、何も言わずにノエルの頭を大きな手でわしわしとなでた。
ノエルは盾を抱いたまま、うつむいて肩をふるわせた。
第17話 了




