第16話 ハルムの森
大牙猪がいなくなって、迷宮の第五層から先へ進めるようになった。
ギルドの決まりでは、パーティはいちばん高いランクの人に合わせて動ける。ノエルがDランクになったから、俺たちは迷宮の第十層まで行っていいことになった。それから、もう一つ。
「街の外の『魔境』にも入れるようになりました」
ギルドの掲示板の前でノエルが一枚の地図を指さした。
「グラナートの北に半日歩くと大きな森があるんです。ハルムの森。迷宮の外なのに魔物がたくさん棲んでいる場所でそういうところを魔境と呼びます」
「迷宮の外にも魔物がいるのか」
「はい。迷宮から大昔にあふれた魔物が、そのまま森に棲みついたそうです。倒せば、迷宮と同じように硬貨も装備も落とします。鎧トカゲとか、オークとか。Dランクからしか入れないんです」
「鎧トカゲ?」
「背中に、鉄みたいに硬いうろこが生えたトカゲです。剣がはじかれるから、みんな苦手にしています」
鉄みたいに硬いうろこ。
それは俺にとっては、たぶん得意な相手だ。
次の日、夜明けといっしょに街の北門を出た。
この世界に来てから、迷宮と街の中しか知らなかった。畑のあいだの一本道を歩いていくと、風に麦のにおいがまじっていた。空が広い。ルゥは道ばたの花のにおいを片っぱしからかいでノエルに「置いていくよ」と笑われていた。
昼すぎに森の入り口に着いた。
でかい木ばかりだった。幹は大人が五人で手をつないでも囲めないくらい太い。枝が空をおおっていて、森の中は昼なのに夕方みたいに薄暗かった。足もとには、ふかふかの落ち葉がつもっている。
「気をつけてください。森は迷宮とちがって、道がありません。迷って帰れなくなる冒険者もいるそうです」
ノエルがちょっと緊張した声で言った。
でも、俺には、木の中を走る光の線が見えた。
どの木の根も同じ方向に向かって線が流れている。たぶん、森の奥の水場のほうだ。動物や魔物が通る道の上だけ、落ち葉の下の線が、ふみ固められてにぶくなっていた。森にも、つくりがある。それを読めば、迷わない。
「カイ兄、なんで迷わないの?」
「木が、道を教えてくれるんだよ」
「きが?」
ルゥが不思議そうに木の幹のにおいをかいでいた。
〔鎧トカゲ Lv15〕
最初に出てきた鎧トカゲは、大型犬くらいの大きさだった。背中には、灰色のうろこが、瓦屋根みたいにびっしり重なっている。
ノエルが盾で頭を押さえつけているあいだに俺は横から回りこんで背中のうろこを見た。
うろこの一枚一枚に光の線が走っている。そして、うろことうろこの重なり目に小さな結び目があった。
ナナシの刃先を結び目に当てる。すっ。
うろこが一枚、ぱかっと外れた。
外れたところから、トカゲのやわらかい皮がのぞいている。その下に光る点があった。銀の剣をそこに突き込む。
トカゲは光になって消えた。
「……うろこをはがしたんですか?」
ノエルが目を丸くしていた。
「うろこも装備と同じなんだよ。つなぎ目がある」
「そんなこと、聞いたことがありません……」
鎧トカゲは森のどこにでもいた。そして、倒すと、けっこうな確率で装備を落とした。それも、鉄だけじゃない。
〔銀の小手 +0〕
〔銀のすね当て +0〕
銀だ。
迷宮の第五層までは、銀の装備なんて、めったに落ちなかった。この森では鉄より銀のほうが多いくらいだった。
ほかの冒険者たちは、鎧トカゲを避けて通るらしい。剣がはじかれて、時間がかかるわりに硬貨をあまり落とさないからだ。だから、このあたりの鎧トカゲは、ほとんど狩られずに残っていた。
俺たちにとっては、銀の装備が歩きまわっているようなものだった。
それから二週間、俺たちはハルムの森に通いつめた。森の入り口の木こり小屋を一泊十ルーンで借りて、二晩泊まっては街に戻る。
森で狩って、街に戻った日にはルゥが拾い屋の仲間から集めてきたボロを買い取り、夜は工房で解体と強化。その繰り返しだ。
ルゥはギルドで正式に冒険者の登録をした。Fランク。十二歳から登録できるらしい。木の冒険者証を首から下げて、うれしそうに何度も見せびらかしていた。
「見て見て、カイ兄! ルゥ、冒険者!」
「うん、何回も見た」
「トトとミミにも見せたの! すごいって言われた!」
ルゥが俺たちといっしょに森まで出かけるようになって、拾い屋の仕事は、トトより少し年上のスラムの子たちに任せることになった。ルゥが子どもたちからボロを買い取って、それを俺に売る。子どもたちはザックの店に持っていくより、ずっと多く稼げるようになった。
二週間でレベルは16から20に上がった。森の鎧トカゲはレベル15前後、オークは18前後。レベルが近い魔物を毎日たくさん倒していると、少しずつ、でも確実に上がっていく。
二週間で俺の装備はずいぶん変わった。
〔銀の片手剣 +4〕
〔銀の小手 +3〕
〔銀のすね当て +3〕
〔銀の胸当て +3〕
胸当ては、オークが落としたものだ。オークは豚の顔をした大きな魔物で力は強いけど、動きは遅い。鎧トカゲと同じように身につけている防具のつなぎ目をナナシで外してやると、あっけなく倒せた。
+3までは失敗しない。だから、手に入れた銀の装備は、どんどん+3にしていった。精錬石はルゥのボロと、鎧トカゲのうろこの解体でまかなえた。
うろこも解体すると欠片が出てくるのだ。これは大発見だった。
夜、工房の作業台で装備を並べていると、ノエルが自分の銀の盾を持って、そばに座った。
「カイさん。この盾も+3にしていただけますか」
「いいの?」
「はい。……+3までなら、失敗しませんから」
ノエルは少しだけ笑った。
二週間、ノエルは銀の盾をずっと左手に持って戦ってきた。鎧トカゲの頭突きもオークのこん棒もぜんぶこの盾で受けとめてきた。
〔銀の盾 +0〕
なじみ ★★★☆☆
ひずみ ☆☆☆☆☆
たった二週間でなじみが星三つ。鉄の盾のときもそうだったけど、ノエルは盾の使い方がとてもうまい。攻撃を受ける場所が、いつも同じなんだ。だから、なじみがたまるのが早い。
パチン、パチン、パチン。
〔銀の盾 +3〕
「ありがとうございます」
ノエルは光る盾を大事そうになでた。
それから、少し迷うように目をふせた。
「……カイさん。前に、なじみが多いと成功しやすい、と言っていましたよね」
「言った」
「ひずみが残っていると、失敗しやすい、とも」
「うん」
ノエルは何かを聞きたそうにしていた。でも、結局、何も聞かなかった。
「おやすみなさい」
そう言って、盾を抱えて、工房を出ていった。
ノエルの背中を見送りながら、俺は、自分の紙の束を見た。
もう、四十枚をこえている。+4と+5の記録は、二百回以上。ひずみとなじみの数字と、成功と失敗。
たぶん、ノエルが聞きたかったことの答えは、この紙の中にある。
でも、それを聞くかどうかを決めるのはノエルだ。
俺は紙の束をひもでしばって、ベッドの下の箱にしまった。
第16話 了




