第15話 黄金獅子とすり寄る番頭
大牙猪の牙をかついでギルドに戻ると、一階が、しーんとなった。
酒場で飲んでいた冒険者たちが、ジョッキを持ったまま、こっちを見ている。受付のマリーさんは、口をぽかんとあけて、書類を床に落とした。
「そ、それ……大牙猪の……」
「倒しました。第三層で」
俺が牙をカウンターに立てかけると、ずしんと床がゆれた。
「た、倒した? あなたたち三人で?」
「はい。あと、第三層に子どもが一人、取り残されてたんです。連れて帰ってきました」
ルゥの背中でトトが泣きつかれて眠っていた。
そこから先はちょっとした騒ぎになった。
マリーさんが奥からギルドの偉い人を呼んできて、俺たちは別室に連れていかれた。どうやって倒したのか、何度も何度も聞かれた。足もとの岩で主をすべらせて、首が上を向いたところを上から突いた。そう説明すると、偉い人――ギルドの支部長だという白髪のおじさん――は、うなってあごをなでた。
「なるほど。地形を使ったか。それにしても大牙猪の皮を銀の剣でぬくとは」
「+4の銀の剣です」
「+4……」
支部長の眉がぴくりと動いた。
「若いのにずいぶん思い切ったことをする。まあいい。王都のBランクパーティへの依頼は、取り消しておこう。討伐の報酬として、千ルーンを出す。それと、鳴海カイ、お前はEランクに上げる。ノエル・ヴァルトは、Dランクだ」
千ルーン。
大牙猪が落とした硬貨の三百枚と合わせて、千三百ルーン。三人で分けても一人四百ルーン以上になる。三週間前、ルーン硬貨二十枚で城を追い出されたことを思えば、夢みたいな額だった。
別室を出ると、酒場のほうから、大きな笑い声が聞こえてきた。
「おいおい、聞いたぜ。主を倒したのは解体屋だってな」
酒場のまん中のいちばん大きなテーブル。そこに、金色の髪をしたでっかい男が座っていた。年は二十代のなかばくらい。肩幅が俺の倍くらいある。背中には、ぎらぎらした金の飾りのついた大剣を背負っていた。
まわりには、同じように金の飾りをつけた冒険者たちが、五人ほど座っていた。
「ブラッドさんだ……」
ノエルが小さな声で言った。
「Cランクの『黄金獅子』のリーダーです。レベルは30をこえているそうです。この街でいちばん勢いのあるパーティのひとつです」
ブラッドはジョッキを持ったまま立ち上がって、のしのしと近づいてきた。
「お前が、ゴミ拾いの解体屋か」
「鳴海カイです」
「ははっ。大牙猪を倒したって? レベル16の解体屋が? どうせ、どこかのパーティが弱らせたところを横から突っついただけだろ」
「ちがいます」
ノエルが一歩前に出た。
「カイさんは、自分の力で――」
「それに、聞いたぜ」
ブラッドはノエルの言葉を聞いていなかった。
「銀の剣を+4にしたんだって? しかも、主と戦う当日の朝に。ははは! 博打もいいとこだ。三割で失敗するんだぞ? 失敗してたら、どうするつもりだったんだよ」
「でも、成功しました」
……しまった。つい言い返してしまった。
ブラッドの目がすうっと細くなった。
「生意気なガキだな。いいか、運がいいのは最初だけだ。エンチャントなんてのはな、しょせん博打なんだよ。博打で勝ったやつは、次も勝てると思って、もっとでかい博打をやる。そして、最後には全部なくす。俺はそういうやつを何人も見てきた」
ノエルの肩がびくっとふるえたのがわかった。
「俺たち『黄金獅子』はな、金で安全石を買って、確実に強化する。それが本物の冒険者のやり方だ。ゴミ拾いには、一生わからんだろうがな」
ブラッドは俺の肩をどんと突いて、仲間たちのところへ戻っていった。黄金獅子の連中が、げらげら笑った。
ノエルが唇をかんでいた。
「……ごめんなさい。わたしのせいで」
「なんで、ノエルのせいになるんだよ」
「いえ……なんでもありません」
ノエルは首を横に振った。博打で勝ったやつは、最後には全部なくす。その言葉がノエルの胸のどこかにささったんだと思う。
ギルドを出ようとしたとき、今度は向かいのモルガン商会から、細長い男が小走りでやってきた。
ザックだった。
「いやあ、いやあ! これはこれは、大牙猪を倒した英雄さまではありませんか!」
指輪を三つはめた手でもみ手をしている。この前とは別人みたいな笑顔だった。
「その見事な牙、ぜひわが商会にお売りいただけませんか。五百ルーンでいかがでしょう。いえ、六百でも」
「牙は、ギルドが買い取ってくれるそうです」
「では、今後、迷宮で拾われた品は、ぜひわが商会へ。ええ、ええ、ほかのお客さまより、ずっとお高く買い取らせていただきますとも」
ザックの目がちらりとルゥのほうを見た。
「そちらの拾い屋のお嬢さんも。これからはボロ一つにつき、一ルーンお出ししましょう」
ルゥの尻尾がぶわっとふくらんだ。
一個一ルーン。俺がルゥから買っている値段と、まったく同じだ。偶然とは思えなかった。ルゥが最近、ザックの店にボロを持っていかなくなったことに気づいているんだ。
「けっこうです」
俺は言った。
「俺たち、自分の拾ったものは、自分で使うことにしてるんです」
「……さようでございますか」
ザックの笑顔が一瞬だけ、固まった。
「まあ、気が変わったら、いつでも」
ザックはていねいにおじぎをして、店に戻っていった。背中を向ける直前、その目が笑っていなかったのを俺は見のがさなかった。
工房への帰り道、ルゥがぽつりと言った。
「カイ兄。ザックのおっちゃん、ちょっと怖いにおいがした」
「どんな?」
「……さびた鉄みたいな、においだった」
俺は腰のナナシの柄にそっと手を置いた。
錆の下のふしぎな色が、ほんの少し、温かかった。
第15話 了




