第14話 とどいた一撃
第三層はめちゃくちゃになっていた。
通路の壁があちこち崩れて、地面には大きな蹄の跡が、いくつもえぐれていた。逃げおくれた冒険者が捨てていったのか、盾や剣がそこらじゅうに散らばっている。
「トトーっ! どこーっ!」
ルゥが叫んだ。声が洞窟にわんわん響く。
「ルゥ、においでわかるか」
「待って……」
ルゥは目を閉じて、鼻をひくひくさせた。耳が右に、左に、くるくる動く。
「……こっち! トトのにおい、する! それと……主のにおいもいっしょ!」
走った。
ルゥのあとをついて、曲がりくねった通路を抜ける。その先は見覚えのある場所だった。
天井が低く、少し広くなった広間。右の壁ぎわには、崩れた岩の柱と、天井から落ちた岩のかたまりが、山になって積み上がっている。
ノエルと初めて会った場所だ。俺が柱を倒した、あの広間。
広間の真ん中に大牙猪がいた。
鼻を地面にこすりつけるようにして、岩の山のまわりをぐるぐる回っている。岩の山のすき間に何かをさがしているみたいに。
「……あそこ」
ルゥが指さした。岩の山のいちばん下のすき間。小さな影がぎゅっと体を丸めていた。
五歳くらいの猫耳の男の子だった。
「トト!」
ルゥが飛び出しかけるのをノエルがとっさに腕をつかんで止めた。
「待って、ルゥちゃん! 今出たら、ルゥちゃんまで……」
大牙猪がぐるりとこっちを向いた。
ブモオオオオッ!
昨日の鳴き声より、ずっと怒っていた。頭を低くして、前足で地面をかく。突っ込んでくる気だ。
考えろ。
トトは岩のすき間にいる。大牙猪の体は大きすぎて、すき間には入れない。だから、周りをぐるぐる回っていたんだ。トトは今のところ安全だ。
問題はどうやって大牙猪の首をこっちに向けさせるか。
昨日はノエルが突進を横に流して、首が横を向いたところを突いた。でも、あれでは近すぎた。俺が吹き飛ばされたのは、あいつが首を振る余裕があったからだ。
足もとを見た。
崩れた柱の岩が広間のあちこちに転がっている。大きいのから、小さいのまで。ごろごろと、足の踏み場もないくらいに。
あいつはこの上を突っ込んでくる。
「ノエル。突進を、正面で受けてくれ。流さなくていい。一瞬だけ、止めてくれればいい」
「正面で……?」
「足もとの岩であいつの前足がすべる。すべったら、頭が下がる。頭が下がったら、首のつけ根が、上を向く」
ノエルは足もとの岩を見て、それから俺の顔を見た。
「……わかりました」
迷いのない声だった。
「ルゥ。ノエルが受けとめたら、トトのところへ走れ。岩の山の裏側から」
「う、うん!」
大牙猪が走り出した。
地面がゆれる。岩がばらばらと跳ねる。灰色の山がまっすぐノエルに向かってくる。
ノエルは盾を両手で構えて、腰を落とした。
あと五メートル。三メートル。
大牙猪の右の前足が、丸い岩を踏んだ。
ずるっ、と、すべった。
でかい体が前のめりにかたむく。頭ががくんと下がる。その勢いのまま、ノエルの盾にひたいから突っ込んだ。
ごがあああん!
ノエルの体が後ろに一メートルずり下がった。それでも倒れない。両足で、ふんばっている。
「カイ、さん……っ!」
大牙猪の首のつけ根が、天井を向いていた。
灰色の岩みたいな皮の奥に光る点がある。昨日、指二本分とどかなかった、あの点が。
俺は倒れた柱の上を駆け上がって、跳んだ。
真上から、銀の剣を両手で突き下ろす。
ずぶり。
昨日は止められた皮を剣が、ぬけた。
手ごたえがまるでちがった。まるで、厚紙に針を通すみたいに刃がするすると奥へ進んでいく。皮の層を一枚、二枚、三枚。
そして、切っ先が、光る点にとどいた。
大牙猪の体がびくんと大きくふるえた。
声は出なかった。
家くらいの大きさの体が、足の先から順に光の粒になっていった。灰色の毛も白い牙もぜんぶがきらきらと宙にほどけていく。
俺は支えを失って、地面に転げ落ちた。
背中を打って、しばらく天井を見上げていた。洞窟の中に光の粒がゆっくりと舞っていた。雪みたいだった。
「……やった」
声に出したら、急に実感がわいてきた。
「やった……のか?」
「やりました!」
ノエルが盾を放り出して、俺のところへ駆け寄ってきた。
「やりましたよ、カイさん! とどきました!」
ノエルの顔はくしゃくしゃだった。笑っているのか、泣いているのか、わからない顔だった。
岩の山の向こうでルゥの泣き声が聞こえた。
「トト! トトぉ……! ばか、ばかぁ……!」
ルゥが小さな男の子を抱きしめて、わんわん泣いていた。トトもいっしょに泣いていた。
体の中にいっぺんに熱いものが流れこんできた。胸の奥の火がぼうっと大きくなる。冒険者証を見ると、数字が一気に跳ね上がっていた。
[鳴海カイ Lv16 解体屋 Fランク]
四つも上がった。自分よりずっとレベルの高い魔物を倒すと、流れこんでくる力も大きいらしい。ノエルは17にルゥは10になっていた。
大牙猪が消えたあとの地面には、ドロップ品が山のように積み重なっていた。
ルーン硬貨がざっと三百枚。精錬石が三個も。それから、大人の腕くらいある白い牙が一本。
そして、盾が一枚、転がっていた。
月の光みたいに白く光る、丸い盾だった。
〔銀の盾 +0〕
拾い上げて、俺はノエルにさし出した。
「これはノエルのだ」
「え……?」
「受けとめたのはノエルだろ」
ノエルはしばらく盾と俺の顔を交互に見ていた。それから、両手で、そうっと受けとった。
「……はい」
小さくうなずいたノエルの目から、一粒だけ、涙がこぼれた。
第14話 了




