第13話 七十九パーセントの賭け
まだ外が暗いうちに目がさめた。
ほとんど眠れなかった。目を閉じると、大牙猪の牙と、灰になった小盾と、ノエルの白い顔が、かわりばんこに浮かんでくる。
はしごを下りると、炉にはもう火が入っていた。ガンツさんが黙って金床の前をあけてくれた。
「……まだ、決めてないって顔だな」
「はい」
正直に答えた。
七十九パーセント。五回に四回は成功する。数字だけ見れば、やるべきだ。でも、昨日の夜、小盾が灰になった手ざわりが、まだ指に残っている。
失敗してもロストはしない。+2に下がるだけだ。命までとられるわけじゃない。
でも、石はなくなる。石をまた二個ためるには、十日はかかる。そのあいだに大牙猪が第三層に上がってきたら――。
そのとき、工房の扉が、どんどんとたたかれた。
「カイ兄! カイ兄っ、いる!?」
ルゥの声だった。扉を開けると、ルゥが肩で息をしていた。尻尾の毛がぜんぶ逆立っている。
「どうした」
「トトが……トトが、迷宮に入っちゃった!」
「えっ」
「ルゥがきのう、主がいるから第三層はだめって言ったのに。ルゥが帰ってこないあいだにお腹すかせて、ミミのぶんのパンも買えないからって……朝早く、一人で、第三層に拾いに行っちゃったって、ミミが……!」
ルゥの目から、涙がぼろぼろこぼれた。
「さっき、第三層から逃げてきた人が言ってたの。主が第三層まで上がってきたって……」
頭の中で何かがかちりと音を立てた。
迷っている時間は、もうない。
「ルゥ。ノエルを呼んできてくれ。迷宮の入り口で待ち合わせだ」
「う、うん!」
ルゥが走っていく。俺は金床の前に戻った。
銀の片手剣を金床の上に置く。
〔銀の片手剣 +3〕
なじみ ★★★☆☆
ひずみ ☆☆☆☆☆
ひずみはゼロ。一晩置いたから、完全に冷えている。なじみは星三つ。
これが今できる、いちばんいい状態だ。
手のひらの上の二個の精錬石を見る。ルゥが拾ってきたボロを何十個も何十個も解体して、少しずつためてきた欠片。その二十個分。
サバイバルゲームで何度も思ったことがある。
確率で負けるのはしかたない。でも、準備で負けるのは自分のせいだ。
だから俺は準備だけは、できるかぎりやってきた。ひずみを冷やした。なじみをためた。記録をとって、自分の数字を信じられるだけの理由をつくった。
あとは残りの二十一パーセントを飲みこむだけだ。
「……いくぞ」
二個の石を重ねて、剣の刃に当てる。
石が溶けるように刃の中に吸い込まれていった。
剣が光った。
一秒。
二秒。
光がゆらりとゆれた。一瞬、刃の線が赤くにじんだように見えた。心臓がのどから飛び出しそうになった。
――パチン。
弾けるような、澄んだ音がした。
白い光が剣の根元から切っ先まですうっと走り抜けた。
〔銀の片手剣 +4〕
なじみ ★★★☆☆
ひずみ ★☆☆☆☆
「……っ」
息を吐いたら、ひざから力が抜けた。金床のふちに両手をついた。
成功した。
持ち上げると、剣が変わっていた。重さは同じなのに手の中でぴんと張りつめている感じがする。刃の中を走る光の線が、さっきまでの倍くらいの太さになっていた。まるで、細い小川が、急に大きな川になったみたいに。
+3と+4でこんなにちがうのか。
ためしに冒険者証に親指をあててみた。能力の数字の下に武器の行がある。
[鳴海カイ Lv12 解体屋 Fランク]
力 11 守り 10 速さ 15 魔力 3
武器 銀の片手剣+4 攻撃+31
ゆうべ見たときは、攻撃+19だった。強化値が一つ上がっただけで十二も増えている。俺がレベルを二十以上上げて、やっと追いつくくらいの差だ。
いや、ちがう。たぶん、+3までと、+4からで何かが変わるんだ。だから、+4からは失敗があるのかもしれない。それだけの力を石が無理やり押しこむから。
「……おい」
後ろから、ガンツさんの声がした。
ふりかえると、ガンツさんが、腕を組んで剣を見ていた。
「今の音。いい音だった」
それだけ言って、ガンツさんは奥の棚から、何かを放り投げてきた。受けとめると、分厚い革の手袋だった。
「銀の剣を素手で握るな。手の皮がむける。持っていけ」
「ガンツさん……」
「早く行け。子どもが待っとるんだろうが」
俺は手袋をはめて、剣を腰にさした。ナナシもいつもどおり反対側の腰にさす。
工房を飛び出すと、東の空が白みはじめていた。
迷宮の入り口では、ノエルとルゥが待っていた。ノエルはしっかりと盾を背負っていた。
「カイさん、ルゥちゃんから聞きました。行きましょう」
ノエルは俺の腰の剣を見て、目を見開いた。
「その光……」
「+4になった」
ノエルの唇が何かを言おうとして、ふるえた。でも、言葉にはならなかった。かわりにぎゅっと唇をかんでうなずいた。
「……はい。行きましょう」
ルゥの手を引いて、三人で、迷宮の階段を駆け下りた。
第13話 了




