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その八
全盛期の河合奈保子ちゃんは、いつも異常なほど素直にお返事していた。歌っている最中にファンが花束を手渡しに寄ってくれば、その人たちにももちろん笑顔を向ける。
しかしだからこそ奈保子ちゃんは、普通にお食事しているだけで、
「ねえねえ、河合奈保子ってさぁ、自分がエビピラフ注文したくせに、アタシが『エビピラフのお客さまは?』って聞いても、ぜんぜん素直にお返事しないのよ」
と批評されてしまうのである。
トビッキリファミリーは、過剰なサービスを展開したがために奈保子ちゃんとおなじ墓穴を掘ったのである。
消費者の問い合わせには親身になって応対するよう指導されている川上さんが、
「美の伝道師さんて、ほんとうにエウロパの天然水だけで、コンシーラーを二度塗りしなくてもよくなったんですか?」
「あれは、ぜんぶウソなんです。わたしには『毎晩日本酒一升くらい飲んでるから、それで肌がきれいなのよ』って、秘密を打ち明ける感じでいってきたけど、そんなわけないですよね。エステと化粧の技。エウロパの天然水だって、たしか国内の工場で汲んでるんです」
と奉仕の精神でぼくの質問にこたえていたからである。
「美の伝道師さんはいわゆる〝片づけられない女〟で、部屋なんかも足の踏み場がないくらい散らかってるらしいんです。ですから、ゼツリンフィーバーマンに突撃させて、美という幻想を、偶然を装いつつ打ち砕いていきましょう」
というわたくしG=Mの案に、ドンも内府もすぐ賛成してくれた。
そんなわけで、今朝の『突撃となりの食生活』は、その片付けられない美の伝道師さんの部屋をたずねるところからはじまるのである。
先ほどぼくは、
「ワイン一本空けたあと、日本酒もがぶ飲みしてました。べろんべろんよ♪」
と川上さんから連絡をもらったので、山城さんのイヤホンにゴーサインを送った。
いよいよである。マコンドーレの反撃である。
インターホン越しに、
「突撃となりの食生活でーす」
とゼツリンフィーバーマンが呼びかけると、
「ワオワオ♪」
と美の伝道師さんはこたえた。そして玄関口にシャンプーハットをかぶりながら出てくる。酒が残っているのだろう。
ゼツリンフィーバーマンは、
「さあ、きょうの朝ごはんは、なんでしょうかぁ!」
と声を張り上げつつ、お部屋のなかにずかずかあがりこんでいく。
「ああ、そっちはトイレ~」
美の伝道師さんはごみの雪崩に埋もれながらいった。
埋もれている最中シャンプーハットを取って代わりに水泳用ゴーグルを装着していた美の伝道師さんは、四種類の泳ぎの動作をしたのちにごみの山に寄り掛かるようにしてイビキをかきだしていた。それでも、
「たとえ夜更かししても、朝食だけは取らなくちゃいけませんよぉぉぉぉぉ」
とゼツリンフィーバーマンに故郷のお母さんのように注意されると、
「はい」
とバネのように上半身を起こして、コタツテーブルのほうに這っていく。
真夏なのにいまだにフル装備のコタツテーブルには食べ散らかしたコンビニ弁当やカップラーメンがそのままになっていた。
ゼツリンフィーバーマンは、
「朝食、もう用意してあるんですねぇ」
とソーセージに着目する。
もよりの競馬新聞を首もとに突っ込んでナプキン代わりにした美の伝道師さんは、そのソーセージのビニールを歯で引きちぎって、むしゃむしゃ食べだした。
さらに試供品と思われるビン牛乳のフタも口だけで取ってグビグビ飲む。
美の伝道師さんは、半分以上ばらまくようにして開けたドデカイベビースターも、
「こんなちっちゃいビンのじゃ足りないなぁ……」
とつぶやきつつバリバリ食べていた。
それを聞いたゼツリンフィーバーマンは冷蔵庫から一リットルパックの牛乳をもってきた。
美の伝道師さんに渡すと、そちらも喉を鳴らして飲んで、撮影しているカメラに勢いよく吐き出していた。
牛乳の紙パックにはパーマンの変なニセモノみたいなやつが羽織袴で新年のごあいさつをしている絵がプリントされてあった。おそらくこの牛乳は賞味期限などではとうてい測れない次元にまで風味を昇華させていたと思われる。
カメラマンがレンズを拭き、ふたたび美の伝道師さんを映す。
いつごろからか、美の伝道師さんはコンビーフのかたまりをダイレクトにかじっていた。
ゼツリンフィーバーマンはコタツのなかにあったタッパーをコンビーフかじかじ中の持ち主に渡す。
タッパーを開けると、たいへんな異臭だったのだろう、ゼツリンフィーバーマンと美の伝道師さんはごみの山までふっ飛んでいた。
数分後ようやく二人は起き上がる。
しかし呼吸を整えるために飲んだミックスジュースも風味を昇華させていたらしく、またぞろ観ているこちらにおのおの吐き出していた。
美の伝道師さんは、
「お料理のときも、わたしはエウロパの天然水をつかってるんですよ。それが自分らしく生きることだから」
とほうぼうで公言している。先日のキャンペーンのときも、
「得意料理はなんですか?」
という質問に、
「和洋中、すべて」
などと豪語していた。だからぼくは得体の知れない液体を飲んだために茫然自失となっている山城さん(ゼツリンフィーバーマン)に、
「料理を作らせてみてください。それで最後にビタミン不足だとかてきとうに因縁をつけて、ゼツリン青汁を薦めましょう」
と指示を出した。
「料理、料理。山城さん、料理やらせて」
と何度も左耳の鼓膜に刺激をあたえると、山城さんはようやく起き上がった。
「自炊もされるんでしょ。なにか、つくってくださいよ。きっと手際がいいんだろうなぁ」
再度イビキをかいていた美の伝道師さんもまたぞろ起き上がる。
「わたしはテレビショッピングで、よく食材を買ってるの。なぜなら三十分以内にご注文すると、シャンプーハットが付いてくるから」
その食材を取り出してくる。タラコのようだ。
先ほどのタッパーの異臭で懲りたのか、美の伝道師さんは、さすがにこれを生のままでは食べなかった。
「まず、タラコに火を通します。きょうは時間の関係で炭火はつかいませんが……」
などと言い訳しながら電子レンジにタラコを入れる。
「うん、これは新鮮ですね」
とタラコをみて安堵していた山城さんは、このあと美の伝道師さんとともにふたたびごみの山にふっ飛んでいた。
こちらの新鮮なタラコが、レンジの設定ミスにより超新星爆発をおこしていたからである。
よれよれのゼツリンフィーバーマンは、それでもどうにかマコンドーレ製の青汁をシャカシャカつくった。そして、
「おいしいぜ、フィーバー……」
と最後のセリフをカメラ目線で決めていた。




