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その五十
向こうが動くまでは、おのおの待機である。
ぼくは宮廷にちかい〈西門がん見研究センター〉の院長室で過ごした。
二日後吉報が届く。
マリリン様がおかげさまで、モンブランサイドに誘拐されたのである。誘拐されたのに吉報なんておかしいけれど、われわれはそうしてもらうために皇帝夫人を送り出したので、やはりみんな手を叩いてよろこんだのである。
范礼一さんと藤吉郎さんは宮廷からこちらに来るとのことだった。
おもてに出て宮廷の方向を田舎のお婆さんのように見ていると、やがて自転車を立ち漕ぎしていた二人はベルを連打しつつ駐輪場に自転車を勢いよく駐めた。
范礼一さんによると、モンブランサイドは、マリリン様を返してほしければ、べつの人質を用意しろ、といってきたようである。
「パイドンさんの読み通りですね」
「〝しめしめ〟ですね」
ミニスターは、マリリン様を返してもらう引き換えに、わたくし軍師ピーチパイドンを人質として差し出すとモンブランサイドに伝えた。
あちらもこの人質交換の案をもったいぶりつつも受け入れたらしい。
モンブラン帝国まではジャクソン様が用意してくれたヘリコプターで向かう。
ヘリを待っているあいだに看護部長室にスタンバイしてあるモンブランの皇帝に献上する品を取ってくる。あくまでも低姿勢で臨むのである。
「あっ! ジャクソン号だ!」
すぐヘリは飛んできた。
センターのヘリポートに着陸する。
「食べますか?」
「あっ、すいません」
と藤吉郎さんが持参してくれたアルフォートを食べたりしていると、いよいよヘリはモンブランの宮廷に降り立った。
モンブランサイドはジャクソン号からぼくが降りると、マリリン様の縄をほどいて、わたくしピーチパイドンにこちらに来るよう拡声器で指示してきた。
「お疲れ様です」
「選手交代ね」
すれ違いざまにマリリン様とこう言葉をかわす。マリリン様はどこか楽しそうであった。
とりあえずぼくは、持参した献上品をモンブランの皇帝に〝おべっか〟をいいつつ、差し出す。
「わざわざご丁寧に、ありがとう」
モンブランの皇帝は、ぼくの肩を恫喝的に抱いてきた。
「かみさんと別れたんだって」
「ええ……」
「元気だせよ。こっちにも小柄な子ならいるぜ」
「はあ……」
「じつはきみに、我が国の軍師になってもらいたいんだ」
「え!」
モンブランの皇帝は献上品を、
「おお、それ、骨董館にもって行けよ」
と配下の者に指示していた。
だからぼくは、その配下の誰か氏に、
「いえいえいえいえ、ご先輩方にご面倒おかけするのは申し訳ありません。これはけっこう重いですし。いえいえいえいえ、いえいえいえいえ」
などと新米だからぼく下働きからはじめますみたいな雰囲気を出して、自分がもってきた献上品を骨董館まで運ぶことにした。
「ふむふむ、高名な軍師なのに謙虚だな」
モンブランの皇帝はこんな感じで、わたくし高名軍師に感心していた。
献上品を背負ったぼくに、
「じゃあ、それ運んだら、わたしの部屋に来てくれ」
と声をかけてくる。
「わかりました」
献上品は「はまぐりっち」である。菊池さんが一千五百万円で購入した例の着ぐるみだ。
誰か氏はこの「はまぐりっち」を知っていた。
「この着ぐるみ、ガトーショコラの皇帝が一時期欲しがってたやつだよね」
ぼくは、
「そうなんスか――こんなキティーちゃんのバッタもんみたいなやつを……」
などととぼけつつ骨董館に〝ヒラグモ〟がないか、さりげなく観察する。スープカップはどこにもなかった。
誰か氏は「はまぐりっち」の置き場所を指定した。そのときである。
献上品の「はまぐりっち」がいきなり、
「菊池さんキーック!」
とかわいい声で叫びながら骨董館の中の大きい金庫を一撃で粉砕したのだ。足から特殊ななにかが出ているのか、金庫は砂粒のように粉々になる。
金庫のなかにはスパイダーマンのスープカップ通称ヒラグモが保管されてあった。落としても割れないようプチプチで包んである。
「キャオ♪」
ぼくはそれを懐に仕舞い込む。
はまぐりっちの着ぐるみのなかに入っている菊池さんは、さらに、
「菊池さんキーック!」
と骨董館の壁をこれまた一撃で砕いた。こちらも砂粒である。それからこの音をきいて「なんだなんだ」と入ってきたモンブランの兵隊たちも、
「トー! トー! トー! トー!」
と〝菊池さんキック〟や〝菊池さんパンチ〟で威嚇して、つぎつぎとたじろがせていく。さらに、
「菊池さーんジャンピング錐揉みダブルキーック!」
という凄まじい威力の必殺技を披露する。
これをまともに受けたちょっとシャアザクみたいな兵器も一撃でお釈迦になる。
モンブランの連中もさすがにこれを目の当たりにすると、武器を投げ捨てて、半泣きで逃げ出していた。シャアザクを粉砕された衝撃は相当なものだったようである。
ぼくと菊池さんは、上空でUターンしてきたヘリコプターに手を振った。




