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      その五


 姪と実家にもどり、義姉に軽自動車の鍵を返す。


「たまきくん、夕飯食べてく?」


「いやっ、夕飯はいいですよ。これからまだ大事な仕事があるんで」


 ぼくは長居は遠慮して、実家のとなりにある〈船倉荘〉まで歩いて帰った。


 つぐみさんにいった大事な仕事うんぬんというのはまったくのデタラメではない。なぜならば、沼口隊長におしえてもらったところへ電話をかけるからである。


 おしながきをチェックしていた隊長に当時のことをきいてみると、


「ききき着替えてるところも見たことがあるんですかぁ! えっ、ピピピ、ピンクの」


 あさ美お姉さんとも面識があったことをほのめかしてきた。


 そんなわけで、


 おしながきを音読していた隊長に、


「なにか食べますか?」


 と事実上の司法取引(?)をもちかけたのである。


「それじゃそれじゃね、かかか、かつ丼かつどーん!」


 隊長はすぐ手帳を出してあさ美お姉さんの電話番号をおしえてくれた。


「いいんですか!」


「あの当時にきいた電話番号だから、変わっちゃってるかもしれないですよ……なんか責任、感じちゃうなぁ」


 お目目をうるうるさせていたこちらの心情を気づかってか、田上雪子ちゃんというタレントの電話番号もおまけで提供してくれた。いちおう昔はアイドル歌手だったらしい。


 それほど期待はしていなかったが、あさ美お姉さんの番号は案の定いつまでたってもただコール音が鳴り響いているだけだった。


 そしてつぎにかけた田上雪子ちゃんのほうも、この番号は現在使われておりません、とのことだったのである。かつ丼をおごったのが無駄になってしまった。


 中古レコードを収集している山城さんに、


「いま仕事中ですか?」


 と電話をかける。


「いやっ、きょうは休みです」


 寝起きのような声でこたえた山城さんは、おそらくのびでもしたのだろう、


「うわわわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 とそのあと怪獣のようにうなっていた。


 山城さんは、ぼくに時間をきいてくる。


「なんだ、もうそんな時間かぁ」


 そしてまたぞろあくびである。ぼくは起こしてしまったことを詫びたのちに、


「あらためて、かけ直しますね」


 といったん電話を切ることにした。


「いやっ、だけどコーラ飲んだら、ちょっとシャキッとしてきました。いまでもいいですよ」


「あのう、田上雪子のレコードって、持ってますか?」


「田上雪子? ジャズ系ですか?」


「昔のタレントです。ぜんぜん記憶にないけど。なんか、いちおうレコードも出してるみたいなんですよ」


 山城さんに〈うなぎ食堂〉での出来事を説明すると、


「沼口隊長、元気なんだぁ!」


 とやはりおどろいていた。山城さんも番組をおぼえているようである。


 ぼくは電話を切った。するとすぐ電話がかかってきた。山城さんかと思ったが、ちがった。先ほどの着信通知を受けて、あさ美お姉さんが折り返しの電話をかけてきてくれたのである。


「料亭〈高まつ〉知ってますか?」


「はい」


「じゃあ、そこで待ち合わせませんか?」


「いいんですか? そんないいお店」


「ええ」


 あさ美お姉さんと約束した時間よりもすこし早めに〈高まつ〉へ行く。


 この日も佐分利さんと笠さんとあと中村さんの三人が槇の間で飲んでいた。


 つい最近〈高まつ〉に書類を置きわすれた中村さんは、


「その節はありがとう。おかげで助かりました」


 と第一発見者だったぼくにいってきた。


 一杯機嫌の笠さんが得意の詩歌を朗吟しだしたころ、


「こんばんは」


 とあさ美お姉さんは鯨の間にあがってきた。


 あさ美お姉さんに長年あたためてきた質問をぼくも一杯機嫌でしてみる。


「うん。いい質問ね。あのCMはね、カネボウ、フォー、ビューテホー、ヒューマンライフって、いってるのよ」


 あさ美お姉さんは一杯機嫌のさらなる質問にも、


「もちろんきょうもピンクよ。お姉さんのラッキーカラーなの」


 と笑顔で対処してくれた。いまでも変わりがないようである。当時とおなじ雰囲気である。


 あさ美お姉さんは、かつてアグネス・チャン関連の質問をしたときに、


「あらっ、じゃあ、たまきくんとお姉さんは、おなじ干支なのね」


 と実年齢を公表していた。その一回り年上のあさ美お姉さんは、現在はテレビでの経験を生かして結婚相談師のようなことをされているのだという。


 あらためて沼口隊長との取り引きをざっと説明する。


「あらっ、そうだったの。お姉さん、うっかり、そちらのご相談かと思っちゃったわ」


 とあさ美お姉さんは手のひらに収まるサイズの女性の写真をバッグにしまっていた。どうやら早合点していたようである。


「うーん、たまきくんのお話をきいていると〝G=M〟というのは、ガンガン舞い込んでくるやっかいごとを、まるく収めていくっていう意味のような気がしてきたわ、お姉さん」


 などといいつつ、ぼく以上のペースであさ美お姉さんはお酒を飲んでいた。かなり強いようであった。


 やがてぼくはいちばん重要なことをいよいよ相談する。


「うーん、森中市長が○○村でお詫び行脚するさいは、誰かがほかの何かを撮影しているときに偶然市長の行脚が映っちゃったって感じにしたほうがいいと思うな、お姉さんは。お詫びしているところをこれみよがしに撮影してしまうと、思惑がバレちゃうでしょ」


「なるほど」


 目から鱗であった。槇の間の旦那連中も、さすが『Kの森こども電話相談室』のパーソナリティーを務めていただけのことはあるなぁ、と感心していた。


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