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その四十七
すみれクンは去年の誕生会のとき、
「今年で二十二歳になるけど、まだ男を知りません」
と公言していた。そして先日の研究会のさいにもまだ男を知らないと二、三度コーチに耳打ちしている。
しかしそんなすみれクンが、男を知らない女の子を卒業したいと実質願い出てきたのだ。
そういえば、川上さんはいつだったか、
「こじらせないためにも、すみれちゃんは経験豊富なオジサマにやさしくいろいろあれしてもらったほうがホントはいいのよね」
というようなことをいっていた。
これは、いまかんがえると、遠回しにぼくにその大役を受けるよう助言したのかもしれない。
とはいえ、わたくし船倉パイドンは経験豊富だとかやさしいオジサマだとかという称号とは、ずいぶんかけ離れた人物である。
それでもいわゆる〝おかんこ〟や〝ハマグリ〟や〝マフィン〟にたいする憧憬や崇拝や渇望や愛情は相当なものだぜおれは、という自負はある。
ぼくはこの大役を受ける資格は自分にないと思ったり、相当つねに渇望している人物だぜおれはと思ったり、相当憧憬している旦那だぜおれはと思ったり、相当つねに崇めているぜおれは相当な人物だぜおれはと思ったりして今朝は悶々としていた。
とりあえず、あさ美お姉さんに相談する。
「そうねぇ、それだけ率直にお願いされてるんだったら、やってあげたほうがいいと思うな、お姉さんは。たまきくんだって嫌々じゃないでしょ」
「はい!」
そうなのである。嫌々ではないのである。その逆である。
ぼくはランニングをしたり浴室で坐禅を組んだりしたのちに、いよいよ旧メロコトン屋敷へと出向した。
旧メロコトン屋敷のチャイムを押す。
「チャオ♪」
すみれクンはいつものように玄関のドアを開けてくれた。
今日のすみれクンは、いつもとちがうフルーティーな香水をつけていた。
ぼくはこれまで四つん這いの体勢を取らせているときでもわりと平常心でいた。
しかしこの香りを感じた途端、急にガタガタッとからだが震えてしまった。ここはがんばり時であった。強い気持ちで臨まなければならない。
ぼくは、昨夜のトレーニングのさいにはおれは武者震いしていたのだ爆発していたのだ、と自分を奮い立たせた。そして度胸を決めてさっそくリードする。
「じゃあ、どうしようか……シャワー浴びるかい?」
「わたし?」
「うん」
「わたし、もうさっき浴びました」
「用意がいいな……」
「コーチ、シャワー使いたかったら、どうぞ」
「う、うん」
ぼくは浴室に入る。シャワーからもどると、すみれクンは鶏のから揚げをつくっていた。いまはお昼時であった。
「ねえコーチ、ちょっと味見してください」
わたくしコーチは水を飲んだのちにそのから揚げをサクリと食べる。
「どう?」
「おいしい」
「まだまだいっぱい揚げますから」
このから揚げは西施子さんがよくつくっているやや甘口のから揚げとほぼおなじ味わいだった。
范礼一さんは西施子さんのから揚げを絶賛している。
だからぼくは、
「隠し味みたいなものがあるのかい?」
とすみれクンにたずねてみた。
「じゃあ種明かししますね。これはね、粉に秘密があるんです」
すみれクンはぼくのためにも一袋買ってきてくれたモンブラン製のから揚げ粉を出してきた。紙の袋には「お甘粉」と記されている。
「このお甘粉、コーチとお母さんにしか買ってきてないんですよ。一人五袋しか買えなかったから」
こちらの〝お甘粉〟は、輸出していないので、モンブランでしか手に入らない。だから、お土産用としてもたいへん人気があるらしい。
「ビッケが閃いたときのポーズやっとくか」
「ん? なんていったんですか? コーチ」
とりあえず、このことを范礼一さんに伝える。
ミニスターは、
「西施子さんのおかんこ、確認します」
とメールを返信してきた。
范礼一さんはひらがなで「おかんこ」と記していた。だからぼくは念のためにもう一度、
「確認してほしいのは、西施子さんのおかんこじゃなくて、から揚げ粉ですよ。おかんこというのは、から揚げ粉の商品名なんです。西施子さんがこの〝お甘粉〟をもっているか、調べてください」
と送り返した。




