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その二十八
菊池さんが、
「いつ帰ってくるの?」
とメールを送ってきた。
「いま帰ります」
と返信する。すると今度は范礼一さんから、
「例の件で話があります」
と電話がかかってきた。
「いま藤吉郎さんと一緒なんですよ」
「では、ふたりで〈我々の隠れ家〉まで来てくれませんか。藤吉郎殿はこの店知ってますから」
菊池さんに再度「遅くなります」とメールを送る。
范礼一さんが指定した〈我々の隠れ家〉は料亭だとか居酒屋などではなく、個室のビデオ屋だった。
藤吉郎さんは、
「まえはその店、牛丼食べ放題だったんですけどね」
と愚痴りつつスーパーで缶ビールとつまみ類を買っていた。やがて范礼一さんに出迎えられて三人で個室に入る。
「ここはヘッドホン使わなくてもいいんですよ」
またぞろ藤吉郎さんがおしえてくれる。防音性が高いから、この店にしたのかもしれない。
さて、范礼一さんの話である。ミニスターはぼくが以前より頼んでいたある問題の裏付けを、ほうぼうにはたらきかけて取ってきてくれたのだ。
そのある問題とは、つぎのようなことである。
こちらはひと月ほどまえの話になるのだが、ぼくは川上さんから連絡を受けて半日だけK市にもどったことがあった。
川上さんは、
「宇野くんとはトビッキリの面接のときにちょっとしゃべっただけで、男女のあれとかはぜんぜんないんですけど」
と前置きしたすえにその宇野くんが体験したちょっと妙なことを説明しだした。
宇野くんという男性は某アクターズスクール出身のいわゆる俳優の卵である。
それでも俳優業だけではなかなか厳しいみたいで、免停中の期間だけでもという軽い気持ちでトビッキリグループの門衛の深夜バイトに応募した。
エウロパの天然水の工場の門のちかくには二階建てのプレハブ小屋があって、門衛というのは業者のチェック以外はそのプレハブの二階で夜の七時から朝の七時までただ駐留していればよい。
「病院の守衛よりめっけもんかもしれないな」
「宇野くんも〝神バイト〟っていってたわ」
業者のチェックも業者はおのおのIDカードをもっていたので実質放っておけばよかった。だから宇野くんはスマホの充電器を持参して、動画なんかを毎晩見ていたようである。
プレハブの二階にはベッド、ワイファイ、冷蔵庫、電子レンジ、エアコンなど必要なものはほぼそろっていた。
しかしテレビだけは古いブラウン管のやつが一台あるだけだった。
そのテレビは横っちょに小銭を入れるトレイみたいなものも取り付けられてあった。
だから宇野くんはこれはゲーム専用なのだろうと思って触りもしなかったらしい。
「ファミコンがテレビラックにあったんだって」
「宇野くんはファミコンやらないのかな」
「いまの若い子はやらないんじゃない。わたしもやらないもん」
ある晩、宇野くんがスマホで音楽をかけながらベッドで寝ていると、とつぜんガチャガチャッとプレハブの鍵を開けて本社の人が入ってきた。
電気を点けて時間をみると、もうすぐ午前二時だったので、宇野くんはわけがわからず、
「どうしたんですか?」
とかすれ声で本社の人にきく。
本社の人は、
「うん、ちょっと忘れ物をしてしまってね」
と目も合わせずこたえると、古いブラウン管テレビの横っちょから小銭を回収したのちにファミコンのカセットを一つラックから取り出した。
宇野くんはそそくさと帰っていく本社の人を呆然と見送ってから再度眠りについた。
それから一週間後、宇野くんは唐突にトビッキリ本社からエウロパ工場の門衛業務の契約満了と再契約は結ばない旨を書面で報告されてしまう。
とはいえ当初の契約にはなかった退職金もけっこうもらえることになっていたし、免停もおわっていた。だから宇野くんは気持ちをきりかえてまたリハビリ施設の送迎のアルバイトにもどることにした。いちいち争うのも面倒だったのだろう。
「ホームセンターでばったり会ってその話をきいたんだけど、わたしあたまが混乱しちゃって、お布団の圧縮袋、買うの忘れちゃったの。そのためにホームセンターへ行ったのに」
川上さんがなぜそれほど混乱したかというと、それはすみれクンのお母さまがまたぞろおこなった〈たうえ温泉旅館〉での調査報告を知っているからである。
お母さまの報告によると、雪子ちゃんのテレビの小銭を受けるトレイにはおもちゃの硬貨ばかりが入っていた。
そして宇野くんは気にも留めずにぼそりといったらしいが、夜中にいきなり小銭の回収に来た本社の人は、あせっていたのか、トレイからおもちゃの硬貨を一枚落としていたのである。




