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その二十六
職員の誰かが子ども用自転車をもってくると、
「わあ!」
とジャクソン皇帝は宮廷内でその自転車を乗り出した。
ピーチタルト帝国の実情や皇帝の性質をぼくはミニスターの范礼一氏からちょくちょくきいている。
それによると、近年のジャクソン皇帝は国政にはほとんど関心がなく、ひたすら骨董品等を収集することに情熱をそそいでいる。
いま窮屈な姿勢で乗り回している子ども用自転車も、だからいわゆる〝ピンク・レディー自転車〟なのである。
ガトーショコラ帝国との関係が悪化したのもこの収集癖がからんでいる。
あちらの皇帝が狙っていたスパイダーマンのスープカップ(通称ヒラグモ)をジャクソン皇帝が横取りして、
「ヒラグモ返せよ」
「嫌だね」
「返せよ」
「返さねぇよ」
とこじれた結果、牛肉の供給を止められてしまったからである。
范礼一さんがおっしゃるには、ガトーショコラにいま〝いくさ〟を仕掛けられたら、まずピーチタルトに勝ち目はない。だからミニスターはここ数日、その調整のために奔走しているのである。
ただお話をうかがっていると、ジャクソン皇帝だけではなく、ガトーショコラの皇帝にも悪いところはあるように思える。というのは、ガトーショコラとピーチタルトは以前は仲良くしていて、そのときに、
「テレビばかり観ていると民が家にひきこもりがちになって、人と人との交流が減り、未婚率が上がって、少子化が進んじゃって国力が落ちちゃうので、テレビを廃止しようよ」
と決めたのに、ガトーショコラは勝手に衛星放送とかの事業に手をひろげていたからである。
ピーチタルト帝国はその取り決めを現在も守っている。つまりテレビ放送はこの国にはないのだ。
それでも、そのかわりなのか、図書館とレンタルビデオ屋は充実している。
これは、
「図書館とかレンタルビデオ屋というのは、その場所まで行かないと楽しめないでしょ。つまり動きが出るわけなんですよ」
という理由で活用することを推奨しているようだ。じっさい范礼一さんも、もよりの図書館で西施子さんという恋人と出会ったようである。
ミニスターはこの西施子さんがそばにいると、
「施子ちゃんの鶏のから揚げは世界一おいしいよ。あんあん」
とあからさまにデレデレになっている。
西施子さんは一時期われわれの国の「クレヨンしんちゃん」というアニメに夢中になっていた。
だから范礼一さんと西施子さんは埼玉県の春日部市に何度かお忍びで行っているそうだ。
「わたし、大凧がみたいわ」
という西施子さんと春日部大凧祭りがおこなわれている場所に向かうと、その日は大凧をあげる日ではなく「春日部大凧マラソン大会」の日だった。
それでも、
「もしかしたら、しんちゃんのお父さんかお母さんが走ってるかも」
と西施子さんは、そのマラソンの大会を見学した。
するとピーチタルト帝国にあっては国民的大作家である蔵間鉄山がこのマラソン大会になにげに参加していたのである。鉄山も范礼一さんに気づく。
鉄山が完走したのちのお三方は、というわけで、とりあえず定食屋でお食事をすることとあいなった。
范礼一さんが蔵間鉄山氏に、
「どうしてこっちのマラソン大会に出てるんですか?」
とたずねると、
「ピーチパイドンの取材ですよ」
と氏はこたえた。
そのとき范礼一さんと西施子さんははじめてわたくし船倉たまきの存在を知ったようである。
赤木さん(蔵間鉄山の本名)は、ぼくには最近完成したみたいにいっていたけれど、ミニスター情報を元にざっと計算すると、Kの森テレビの『太陽にほえちゃう?』が流行っていたころにはもう〝フナクラタマキ〟が主人公の作品は何作か仕上がっている。つまり時間がよくわからないことになっているのである。まあこのあたりのことは、赤木さんに会ったときに直接きいてみればいいだろう。
皇帝は自転車を乗り捨てると、
「つづきやろうぜ」
とまたぞろソファーにすわった。しばらくすると奥方様も部屋に入ってきた。
「ねえ、ジャクソン、わたしモンブラン帝国に旅行に行きたいの。いい?」
と皇帝の膝のうえに乗る。
「モンブランには自由に行き来できないんだよ。法律上」
「でもジャクソンは行ってるじゃない」
「それはたまにあっちの皇帝と会合とか、あるからさぁ」
「つまんないなぁ」
「辛抱してくれよ、マリリン。ティラミス帝国のほかにも、自由に行き来できる国、増やしていくからさ」




