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その二十二
翌日の午後六時、指定されたキャスケットをかぶり、〈がぶりえるバーガー〉にて、ピーチオーレをチューチューやる。
気が高ぶっていたのか、ピーチオーレをあっという間に飲んでしまう。
期間限定のマロンシェイクに惹かれつつも、いちおうまたピーチオーレを買ってテーブル席にもどる。
あさ美お姉さんからは、
「その子、大きめのパーカーを着てくることになってるから。髪は〝ボブ〟ね」
ときいている。そんな感じの子をお目目を灯台の明かりのようにして捜す。
「あ」
まさにそのパーカーでボブの子が店に入ってきた。ぼくに気がつくと、軽く会釈したのちにちかづいてくる。
「相席しても、よろしいですか?」
「どどど、どうぞどうぞ」
菊池さんとおっしゃる子は体型は華奢すぎたが色はかなり白く、しかもぼくが長年渇望している小柄な――それこそ〝超〟をつけてもいいくらいの小柄な子だった。
ぼくはあさ美お姉さんの予言通り、すぐ菊池さんのことを四十前後の松尾嘉代よりもぽっちゃりバージョン時のレネー・ゼルウィガーよりも小野お通を演じたときの竹下景子よりも好きになってしまう。
菊池さんはハマグリ関連(?)を集めていたことから、あさ美お姉さんより着目されたらしく、
「知ってますか? はまぐりっち」
とリュックに付いていた小さめのぬいぐるみを見せてきた。
ぼくは「はまぐりっち」というかわいい感じのキャラクターは知らなかったけれど、それを生み出した造形作家のアンリ・ベールのことはたしょう知っていた。
「すごーい! アンリ・ベールを知ってる人に、わたしはじめて会いました」
「上役がね、アンリ・ベールにちょっと興味をもってたんですよ。最近は話題にしませんけどね」
ぼくがいった「上役」というのは内府のことである。
内府は一時期、このアンリ・ベール氏をフランスから招いてトビッキリに対抗する何かをやっていただこうと画策していたのだ。
「そういえば、エウロパの天然水、最近話題になりませんね」
「水道水を冷やして飲めばじゅうぶんだもん。市民もそれに気づいたんじゃないかな」
「そうかもしれない――以前勤めていた病院のウォーターサーバー、壊れちゃったからポリタンクにマジックで『天然水』って書いて待合室に置いてたんです。でも苦情は来ませんでした」
「でしょでしょ――ん? 菊池さん、病院に勤めてたんですか?」
「はい。看護師だったんです」
「ぼくは病院で守衛やってたことあるんですよ」
菊池さんが勤めていた病院は菊池さんがおっしゃるには「めちゃくちゃブラック」な体質で、入職するさいも法人の系列の工房が制作したヒポクラテスの人形を半ば強制的に購入させられたらしい(そのヒポクラテス人形もリュックに入っていた)。
その病院は職員用の冷蔵庫に持参したものを冷やしておくさいには各自マジックで名前を書く決まりだった。
菊池さんはだから「3Aの菊池」と持参したものに記していた。その病院には四人も菊池姓の職員がいたからである。
たまに3Aをはぶくこともあった。すると古株の意地の悪い先輩看護師は「菊池」の横や下に「145」と書き足した。親切ではない。
「わたし身長一四五センチなんです。院内で健康診断するから、みんなにわかっちゃうんですよね」
おそらくその先輩看護師は小柄な菊池さんを揶揄するために先のような書き足しをおこなったのだろう。愚かな古株である。わたくし船倉たまきにいわせれば小柄というのは、たいへんな長所、強力な武器、最大の賜物なのである。
「船倉さんにとっては女性は小さいほうがいいんですか?」
「そうです! たとえばですね、一五〇センチくらいの人もまあ小柄ですよね。でも菊池さんは一五〇の人よりももっと小柄なわけでしょ。そうすると一五〇の人と話すときは、こうやって見上げることになりますよね。ぼくはねぇ、小柄な人を見上げている超小柄な女子が大好きなんです」
しかし菊池さんが病院を辞めたのは先の「145」の嫌がらせが理由ではない。
菊池さんはあるものにお金を使いすぎて借り入れがかさみ、いわゆる「借金取り」みたいな人たちが病院にまでたずねてくることになってしまっていたのだ。
「アンリ・ベールの作品にそんなに使っちゃったんだ――あれって高額なんですか?」
「はい。高いものだと一千五百万円くらいするのもありました」
「それも買ったんですか?」
「はい」
やがて家賃も払えなくなり、菊池さんはしぶしぶアンリ・ベール作品を売却することにした。
ところが菊池さんがもっていたアンリ・ベール作品はすべて贋作で、一千五百万円のそれも逆に処分料みたいなものがかかってしまう査定しかしてもらえなかった(けっきょく菊池さんは一つも売却しなかった)。
ある日、借金取りを警戒しながら明け方にビン缶を指定場所に出しに行くと、〝第三代骨董大臣〟がたたずんでいた。
「第三代骨董大臣?」
「はい。本人がそういっただけで、見た目はハンテンを着た田舎のおじさんでしたけど」
出されているビンを真剣な面持ちでチェックしていた第三代骨董大臣は、菊池さんが所有しているアンリ・ベール作品を売ってほしいといきなりいってきた。
骨董大臣は菊池さんの借り入れ額も知っていて、ベール作品を全部譲ってくれたら、その借り入れ額とおなじだけ一括で払うという。
切羽詰まっていた菊池さんはもちろんその話を受ける。
そんなわけで、菊池さんは借金取りから追われることはなくなった。
とはいえ失業保険もいよいよ切れていた。だから文字通り、ほんとうの、無一文生活を送らなければならなくなってしまったのである。




