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その十九
それから三日間ほど〈たうえ温泉旅館〉に滞在したが、けっきょく雪子ちゃんは帰ってこなかった。とはいえ収穫はあったのだ。今回はこれで良しとしよう。そんなわけでK市にもどる。
もどった日は軽く走り、その翌日はいつもより長く走る。そしてさすがに悪いので、メロコトン屋敷へ向かうことにする。入浴したのちに、とりあえず山城さんにメールを送る。
すると、
「きょうはゼツリンフィーバーマンの仕事だから屋敷には行けないんですよ」
とのことだった。川上さんも今日は断捨りん子さんのサポートの日なので屋敷での作業には参加していない。
しかし一人でも、そろそろやっておかなければならないだろう。少なくともやってる感は出しておく必要がある。
電車とバスを乗り継いでメロコトン屋敷に行く。
見覚えのある自転車が玄関先に停まっていた。いちおうチャイムを押す。
「コーチ、チャオ♪」
二階の窓からすみれクンが顔を出してきた。やはりである。
「お母さんと○○村に行ってたんですよね?」
「うん。そうなんだよ」
すみれクンは、ここしばらく家で寝ていないとのことであった。お母さまから旅行の話もだからきいていないという。
「ここに泊まり込みでずっと葡萄の書きミス探してたの?」
「昨日まではサナトリウムにいたんです」
「えっ」
「いったん家には帰ったんですけど、山城さんから急に代わりをたのまれて――」
「そのときは、お母さま、まだ家に帰ってきてなかったんだ」
「入れ替わりだったみたいですね。どうでした?」
「うん。まあ田上雪子さんがいることはわかったよ」
すみれクンは、
「わあ、よかったですねぇ」
とパチパチ手をたたいていた。
しかしじっさいはこの雪子ちゃんがらみの真の意味はいまいちわかっていないようであった。管轄がちがうのだから当然といえば当然である。
管轄といえば、こちらも管轄だったわけでもないのだろうが、どうやらすみれクンは、メロコトン博士へのマッサージを美智枝さんより任されたらしい。
「おれとお母さまが旅館で温泉に浸かってるとき、あそこのサナトリウムで博士にマッサージやってたんだ。娘が貧乏クジ引いちゃったんだな」
「でもわたし、メロコトン博士から報酬もいただいたし、あとマッサージ自体もすごく勉強になったんで、とても良かったと思ってるんです。貧乏クジの反対のクジを引いた気持ちですよ」
わたくし船倉コーチに指導されていたころ、すみれクンはよく四つん這いやアクロバティックなポーズを取らされていた。
だから今回のマッサージのさいには、そのあたりを重点的に強化(?)していこうと、自分に課題をあたえていたらしい。
それでだろうか、すみれクンは最終日に、
「こんなすばらしいマッサージは生まれてはじめてだ。特別にこれを、お嬢さんにあげよう」
と博士より茶封筒を手渡された。まあ若い娘にマッサージをやらせていたのだから当たり前である。すみれクンは、
「これなんです」
と元コーチにそれをみせてきた。
茶封筒のなかをみてみると、ブルーブラックのインクでぐちゃぐちゃっと記されたよく意味のわからない論文めいた用紙一枚と松尾嘉代の生写真が一枚、それから松坂慶子がバニーガールの格好をしているブロマイドが二枚入っていた。
「一銭も入ってないじゃん。ふざけてんなぁ、メロコトンの野郎」
「でも、メロコトン博士は生写真とブロマイドはものすごく高い値で売れるっていってましたよ」
「いくらぐらいで売れるっていってた?」
「ブロマイド一枚だけでも小さなお城が買えるって、いってました」
「チッ、バカにしやがって。じゃあこっちの論文は、百億の値打ちがあるとかなんだとかいってたのかな。あの爺様は」
「いいえ。だってそっちのテキストは、ブロマイドを売りに行くための手順書だもん」




