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その十七
田上雪子さんはこの旅館の一室にひきこもるようになっても、小春おばちゃんとだけは交流していた。
買い物を頼んだり、厨房係の小春おばちゃんにあれが食べたいこれが食べたいと、せがんだりしていたらしい。
部屋の片付けは自分ではいっさいやらなかった(洗濯は部屋のコイン式のやつでぼちぼちやっていた)。だから小春おばちゃんは定期的に雪子さんの部屋も掃除していたようである。
雪子ちゃんは小春おばちゃんが部屋のお片付けをしていてもテレビのまえにすわってひたすら番組を観ていた。
部屋にあるテレビは小銭を入れる例のやつだったが、トレイの鍵も雪子ちゃんはとうに持っていた。だから小銭が切れたら、その鍵でトレイの小銭を取り出せば、またいくらでもテレビを観ることができたのである。
テレビが地デジに移行するさい、業者がこの部屋に入ろうとしたが、雪子ちゃんは頑としてそれを拒否した。
小春おばちゃんもこのときだけは、
「おばちゃん機械類は苦手だから」
といって、業者に任せるよう説得した。
「あんなに大好きなテレビが映らなくなったら、どうするの?」
「映るから大丈夫なの」
お兄さんがブラウン管テレビに取り付けるチューナーみたいなものを用意した。しかしそのチューナーも箱から出すこともなかったという。
「じゃあ近年はテレビも観てなかったんですかね」
「それが観てたんですよ。テレビもちゃんと映ってました」
テレビにはファミコンやビデオデッキも付いていた。だからきっと雪子ちゃんはいわゆるスタンドアローンでテレビを活用していたのだろう。
小春おばちゃんが雪子ちゃんがいないことに気がついたのは、掃除のときだった。
雪子ちゃんがテレビのまえにすわっていなかったからである。
小春おばちゃんは念のためにトイレや浴室なども確認した。しかしどこにも雪子ちゃんの姿はなかった。
お兄さんにそれを伝えると、
「雪子もとうとう出かける気になったんだろう」
と最初はよろこんでいた。
しかし一週間も雪子ちゃんの不在がつづくとお兄さんもさすがに心配になってきた。警察に届けることも検討した。
行方不明になってから十日後に雪子ちゃんはひょっこり帰ってくる。これまでのように部屋の出入り口に背中を向けてテレビを観ていたのである。
「ユキちゃんどこ行ってたの! みんな心配してたんだよ」
雪子ちゃんはだんまりを決め込んでいた。
それでも小春おばちゃんは雪子ちゃんとある約束を取り交わしていたのである。
「雪子さんが『遠征中と言っといて』って、頼んできたんですか」
「そうなんです。わたしはこれからときどきこんなふうにいなくなることがあるから、そんなときは、小春おばちゃんからお兄ちゃんたちにそう伝えておいてくれって」
「遠征か……」
「ところでお客さんたちは、どうしてユキちゃんを捜してるんですか?」
鋭い質問である。これまでのぼくだったら、まごついてしまっただろう。
しかしこんにちのわたくし船倉たまきはマコンドーレのG=Mとして大活躍しているのである。センセとして目視以外の確認をも要望されているのである。
ぼくは落ち着いた物腰で、
「われわれマコンドーレの配下にある高名な映画監督が雪子さんに密着したドキュメンタリー作品を撮る希望をもってましてね。それでまずわたしたちが雪子さんと交渉して、そして出演料等の折り合いがついたら監督の撮影チームをこちらにセッティングしようと思っているのです」
と説明した。
「あれだけ毎日テレビばかり観てたってことは、ユキちゃんもやっぱり芸能の世界にもどりたいんだと思うんです。あっ、資料ならすこしですけど、わたしも持ってますよ。レコード一枚だけですけど『気分はピンク・シャワー』っていうシングルなんです」
おばちゃんも大乗り気であった。押せ押せである。さっそく質問する。
「雪子さん、いつごろもどってきますかね」
「直近で部屋にもどっていたのは六月の半ばごろなんです。だからもういつ帰ってきてもおかしくないです」
ぼくは小春おばちゃんに、
「では、雪子さんが遠征からお帰りになっていましたら、密着取材の件を伝えておいてください」
とお願いした。




