第二部 11
第二部
その十一
すみれクンへの恥ずかしがりやさん改善指導は終了した。
だからぼくは、バニラシェイクをチューチューやりながら『百年の孤独』を再読したり映画を観たりしていたのである。のらくら者のほんらいの生活である。
ところが、すみれクンのお母さまが、
「先生、どうか指導してください」
と秋の初めに志願してくる。ノーパン指導である。ある本に感銘を受けたようなのである。
お昼すぎにその指導を受けにきたお母さまは、ぼくが淹れた紅茶をひと口飲むと、
「わたしがセンセの助手になりました」
と今日はいきなりいってきた。
「ん? 助手って?」
「田上雪子さん捜索の助手です。お一人じゃ、何かと不自由でしょ」
ドンの遠縁にあたるすみれクンのお母さまは内府を通してこの話を知ったようだ。
当初この任務のアシスタントになる予定だった川上さんは内府サイドから要請を受けてあの美の伝道師さんのお片付けのサポートをしている。
「でも、ぜんぜんはかどらないみたいですね。部屋のお片付け」
「どこから手を付けていいか、わからないもんな、あれだけ散らかってると」
内府はトビッキリファミリーの広告塔だった美の伝道師さんをわれわれのグループに引き込もうとしているのである。
先日のカツカレー会議のときも、
「G=Mがかんがえてくれたやつに決めましたよ。彼女の名前」
とぼくにひそひそいってきた。
しかしこの調子だと断捨離の専門家「断捨りん子」として復権するまでには、それこそ何年もかかりそうである。それでも内府にいわせると、片付けられないがさつな女が整理整頓のプロになるからこそ意味もインパクトもあるのだという。
すみれクンのお母さまが感銘を受けた本は、この断捨りん子さんの部屋から発掘された。題名は「ノーパン健康法」である。こんにちのお母さまは自らノーパンの難易度を上げるほどこちらの本を盲信しているのである。
「そのアイマスクつけながら、きょうはノーパンになるんですか?」
「いやっ、これはね、ちょっと最近目を酷使する仕事をやってるもんだから、冷やすためにぼくがつけてるんです」
すみれクンのお母さまが指摘したこの「超ひんやりアイマスク」は、先日山城さんに、いただいたのである。
ぼくと山城さんが激しい目の疲労に悩まされているのは、ドンの一人娘の美智枝さんからまたぞろ実質無報酬の仕事をおっつけられたためである。
「やっぱり、メロコトン博士のお仕事で、目がしょぼしょぼしちゃうんですか?」
「ああ、知ってるんですね」
「はい。すみれにききました」
現在われわれは、いますみれクンのお母さまがいった〝メロコトン博士〟の屋敷にて、博士が残した論文や草稿や日記などを丹念にチェックしている。
メロコトン博士こと田中桃次郎さんは年齢不詳のご老人である。現在は某サナトリウムで静養されている。
長年「黄泉の国みたいなところに行く方法」を研究されている博士は最近静養先で、
「しまった。私は子どものころからずっと『葡萄』の漢字を間違えて書いていた」
となにかの拍子に気がついた。
それで、いずれはアインシュタインやホーキングと肩を並べると思っている博士は、葡萄の漢字の書き間違いがつまらない汚点になるのでは、と懸念して美智枝さんに相談したのだ。
ちなみにいまのところ論文にも日記にも「葡萄」という漢字は一つも発見できていない。カタカナ表記をいくつかみつけただけである。




