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その十
あさ美お姉さんに相談すると、
「たまきくんは指導してただけなんだから、背広なんか着て待ってなくてもだいじょうぶよ。そうねぇ、ティーシャツと短パンでいいと思うな、お姉さんは」
と電話で励ましてくれた。
とはいえ、さすがにステテコ大あぐらでどっかと座っている勇気はない。ポロシャツ程度の軽装で、ぼくはすみれクンのお母さまを待つことにした。
お母さまは午後の七時過ぎに紙袋を提げてお越しになった。
すみれクンのお母さまは、ぼくが熱い紅茶を出すと、紙袋から二つの箱を差し出してきた。
お母さまにうながされるままに、まず石けんの詰め合わせの箱を開ける。なかには得体の知れない色鮮やかな何かが小さく畳まれてびっしり入っていた。
「これは……」
「パンティーです」
「パパパ、パンティパンティー!」
紅茶をひと口飲んだお母さまは、
「これで納得していただけるかしら?」
とやや恐縮しながらきいてくる。
どうやらお母さまは娘のノーパン認定書(?)を、この詰め合わせ箱提出によって得ようとされているみたいだ。
「ほんらいであれば、船倉先生にノーパンであることを、きちんとお見せするべきなんでしょうけど、なにしろウチの娘は嫁入りまえですし……それにまだ男も知らないものですから……」
ぼくは詰め合わせの箱を眼前にしてわなわな震えていた。
「でもこれだと、母親が娘をかばうためにカムフラージュしている可能性もあります。ですからわたくし、自分のパンティーもすべて先生に提出することにしたんです」
「え」
お母さまはもう一つの箱も差し出す。
「さあ、遠慮なさらずにどうぞ。こっちの味の素の箱に詰めてあるのは、すべてわたくしが愛用しているものですから。あっ、そんな純白のだけじゃなくて、ふりふりのついた水玉のパンティーも、お手に取っていただいて、けっこうですよ」
「でも、これがお母さまの全パンティーかは、わからないな……」
ついぼくは、いま現在のノーパン状況の公開をもとめてしまう。
お母さまは素直に応じる。応じたのちのお母さまは、やはり恥ずかしかったのだろう、すぐお帰りになってしまった。
からだぜんたいが火の玉のようになっていた。クールダウンする必要があった。そんなわけで、とりあえず走ることにする。
船倉荘からKの森総合公園までの距離は一キロ弱である。
だから一周一キロの公園のジョギングコースを三周まわって、そのまま帰ってくれば、だいたい五キロくらい走ったことになるわけだ。
夜のジョギングコースにも走っている人がぼちぼちいた。
半周ほど走っていると、
「やぁ、しばらく」
と赤木さんがうしろから声をかけてきた。
「しばらくです。赤木さん、何周目ですか?」
「これから一周目。だけど、いまずうっと、あっちの〈がぶりえる、がぶりえる!〉のほうを回ってきたから、それなりに走ってはいるんだよ」
赤木さんはぼくより年齢は上だが、走るのはずっと早い。
それでも今夜はひさしぶりに会ったからだろう、ぼくのペースに合わせて赤木さんは走ってくれた。
「そういえば今度、蔵間鉄山の故郷に仕事で行くんですよ。○○村に」
と「彼岸花」の編集長をしている赤木さんにいってみる。すると赤木さんは、
「いやぁ、あれ、じつはね、その……蔵間鉄山というのは、ぼくの筆名なんだよ」
とかなり照れながら告白してきた。
「ええ! じゃあ、○○村って、いうのは?」
「ああいうプロフィールも創作なんです。船倉くんが『蔵間鉄山の作品はいい!』なんて、いってくれたからさぁ、それは自分だって逆にいいだせなかったんだよ」
赤木さんは同人誌にはまだ載せていないが、新しい長編を最近書き上げたらしい。
「じつはその長編の主人公、船倉くんからいただいて、フナクラタマキっていう名前にしたんだ」
「はあ」
「いいよね? じゃあぼく、これから上りの練習するんで」
赤木さんはあっという間に暗闇のなかに消えてしまった。
「そうだったのか……」
走り終えたら即風呂である。
入浴後は冷蔵庫にあまっているもので、てきとうにつまみをつくる。一杯やるのである。
「あれっ、山城さんからの着信だ――風呂入ってるときだな」
折り返しの電話をかけると、山城さんは、
「家ですか? じゃあすぐ、Kの森テレビを観てください!」
となぜかあせっている感じでいってきた。
なんでも今晩の『Kの森、電リク祭り』では、ドンが裏から手をまわして田上雪子ちゃんの『あぜ道をゆく花嫁』を放送させるように仕込んであるらしいのだ。
しばらく番組を観る。やがて司会者は、
「電話リクエスト九位は田上雪子ちゃんの『あぜ道をゆく花嫁』です」
といよいよ発表した。
「あれ?」
一瞬いわゆる砂嵐になったテレビ画面は、そのあと栗原小巻さんと天地真理さんの顔写真がずっと交互にスクロールしているような感じで流れていた。
「故障かな」
テレビのスピーカー部分をふーふー吹いたり、あたまを軽く叩いたりしてみる。
和服姿の松尾嘉代が一瞬ほほえんだ。そしてテレビの画面は元にもどる。
しかし田上雪子ちゃんはうたっていなかった。画面には、畑中葉子の姿が映し出されていたのである。
「でも、まあいいか」
若き日の畑中葉子は、あの平尾昌晃氏とならんで『カナダからの手紙』を立派に歌い上げていた。
『カナダからの手紙』は大ヒットしただけあってやはり映像がたくさん残っているようだ。
もしかしたら番組終了までの残り一時間、ずっとこんなふうにおなじ曲を流しつづけるのかもしれない。
まだたしょうあどけなさが残る畑中葉子は、さまざまな衣装を身にまといながら、さまざまな会場で平尾昌晃氏のクネクネした動きに順応していた。
ぼくはそんな彼女を地元老舗洋菓子屋の「わけありピーチパイ」を食べつつ漠然と観る。
ふいに、この歌のやたら上手い女の子は、数年後いろいろ試練があることを――つまり『後から前から』とか『もっと動いて』とかを発表したり、さらには『モア・セクシー』なんていう、ほとんど全編あえいじゃってるような曲を録っちゃったりしちゃうってことを、
「この時点では、この子はまだ何も知らないんだな……」
と知る。天啓を受けたように感じた。
翌日、再就職(?)のお礼をいいに川上さんがアパートに来てくれた。
「あっ!」
「ああ!」
とわれわれはのっけからおどろく。
川上さんは健康センターの浴場で例の過剰サービスをおこなっていたビキニのあの婦人だったからだ。
「その節はどうも」
川上さんは恩返しに昼食をつくってくれるという。
さっそく、せまいキッチンで手際よく料理の準備をする。
「いけない、ほんだしわすれちゃった……」
川上さんは味の素のギフトの箱を物色した。箱にはもちろんパンティーがびっしり入っている。
とうぜんぼくはしどろもどろになった。ビキニの印象を述べて話題をそらそうとしたり、
「これはお母さまが、娘をおもおもおもおもおもんぱかってですね――」
と正当性を主張したりする。しかし川上さんは結果的にこんなにもたくさんのパンティーを所有してしまっているぼくに疑いの目を向けるどころか、
「すごーい。凄すぎる」
とむしろ感心しきっていたのだった。そしてあきらかに畏敬の念もいだいていたのだった。
川上さんはぼくの助手になりたいと哀願してくる。だからぼくは、
「川上さんも俺たちと同じ部署にたぶん配属されると思うよ。まあ部署とかは、べつにないんだけどね」
と今後あてがわれるだろう仕事の内容をざっと説明した。
「おもしろそうですね」
「どうだろうな」
「船倉さんといっしょだと、何でも楽しくなりそう」
ぼくのほうも川上さんのような明るい人がわれわれの仲間になってくれるのであれば、ときどきドンの一人娘がおっつけてくる訳の分からない奉仕活動もたのしくこなせるような気がしてきた。パンティーのことも疑わないし、自称ヘンタイだし、すばらしい方である。
ぼくは川上さん特性のハマグリご飯とハマグリのお吸い物を、幸せな気持ちでいただいた。
(第一部 了)




