12 解けた、その先
謎は解けても、
それで終わりとは限らない。
本当に知りたいことは、
その先にある。
「解けました」
水絵が顔を上げ、そう言うと、花吉は「えっ!」と驚きの声を上げた。
「もう、分かったんですか?」
水絵は頷く。
算法を使わなくて済む分、源内のものよりはずっと楽だった。
「それでは、水絵先生に謎解きをしてもらおうか」
にやにや笑いながら言う鏡之介を一睨みしてから、水絵は、花吉の前に文を広げてみせる。
「まず、この四つの絵ですが、これは判じ絵です」
「そうじゃないかと思ったんですが、それでも私にはさっぱり……」
花吉が再び頭を掻く。
「判じ絵は、慣れればすぐ分かりますよ。まず七福神は神様、つまり『神』。これが田んぼの絵なのは、すぐ分かりますよね。だから『田』。ちょっとわかりにくいのは天狗なんですけど、天狗みたいな妖怪や化け物は『魔』…つまり『ま』と読ませるんです。最後のは、普通に『つり』」
「こういうことだな?」
反古紙の裏に、何か書き付けていた鏡之介が、それを文に並べてみせる。
七福神→神
田 →田
天狗 →ま
つり →つり
「神田まつり?」
花吉が首をかしげる。
「『浅葱屋』も『花菱屋』も、神田祭の時は大忙しですけど、それがなにか?」
「神田祭に意味があるかどうかは分かりませんけど、次の文を解く鍵になることは確かです」
「鍵?」
花吉が再び首をかしげる。
「錠のかかった箱を開けるには鍵が必要なように、謎解きにも鍵が要るんですよ。この判じ物の鍵は『かんだまつり』」
水絵は、「印、付けちゃっていいですか?」と断ってから、朱墨を用意する。
「この文は全部ひらがななので、『かんだまつり』もひらがなで考えます」
と言いながら、「か」「ん」「だ」「ま」「つ」「り」に、赤い点を打った。
かおにおしろい
きんむくのおびどめをだすみせのどま
びわひとつおく
とりいはしゅいろかしはこしあんいろははなだ
おしろをまもるついでにやりでさす
「ああ、そういうことか……」
つぶやいたのは鏡之介。
だが、花吉は相変わらず首をひねっている。
「印を付けた文字の次の文字を読んでみてください」
水絵が言うと、花吉は指で印をさしながら、ひとつひとつ確かめるように読んでいった。
「ええと……お、む、す、び、お、い、し、い、お、も、い、で」
花吉が、顔を上げる。
「おむすび、美味しい、思い出……ですか?」
「多分、それが答えです」
水絵は言ったが、花吉は今ひとつ釈然としないようだった。
「おむすびが美味しかった思い出ってことだと思いますけど、それがどうだって言うんでしょう。私にはさっぱり分かりませんが」
それは、水絵にも分からない。答えに困っていると、鏡之介が口を開いた。
「花吉さんには分からなくても、信之助さんには分かるかもしれねえ。これを持って行って、確かめてみちゃ、どうだい?」
「……わかりました。そうしてみます」
花吉はそう言うと、文を懐にしまって寺子屋を後にしたが、腑に落ちてはいないようだった。
「……解き方、間違っていたんでしょうか?」
花吉の姿が見えなくなってから、水絵は鏡之介に訊いた。
「いや。あれで正しいと俺は思う。『神田祭』にも何か意味があるとは思うが、おそらく、お琴さんと信之助さんの間にだけ通じる符丁なんじゃねえか?」
鏡之介にそう言われて、水絵は少しだけほっとしたが、それでも、「間違っていたのかもしれない」という不安は拭えなかった。
あの判じ物には、お琴の口に出しては言えない想いがつまっている気がする。そんな大切なものに、間違った答えを出したりしたら……。
考えれば考えるほど不安になり、水絵はその日から、眠れなくなってしまった。
そのせいで、寺子屋でもつまらないしくじりが多くなった。目の下の隈も気になるが、自分でもどうしようもない。
そんな日が、五日ほど続いたある夕方。
帰ろうとする水絵を呼び止めた鏡之介が、ひどく真剣な表情で言った。
「あの判じ物のことは、もう気にするな。誰もが解けなかったものをおまえは解いたんだ。それから後のことは、本人同士の問題だ」
「……でも、間違っていたとしたら……」
水絵の声には、いつもの張りがない。
すると、鏡之介がすっと立ち上がった。
「ついてこい」
「どこへ行くんですか?」
「花吉さんのところだ。だいたい、合っていたのかいないのか、すぐにでも知らせるのが、礼儀ってもんじゃねえのか? どうなっているのか、聞きに行くぞ」
「でも……」
水絵がためらっていた時、当の花吉が眞性寺に駆け込んできた。
「み、水絵さん……あ、あ……」
よほど急いで走ってきたのか、汗だくで、息も切れ切れ。それだけ言うと縁側に手を突き、しゃがみ込んでしまう。
そんな花吉を、鏡之介は呆れたように眺めていたが、
「まあ、とにかく上がれ」
と、本堂に招き入れた。
「お知らせが遅れまして、すみません」
息が整うと、花吉はまずそう言い、深々と頭を下げた。
「おかげさまで、兄の縁談が調いました」
「え?」
判じ物の謎解きから、何段も飛ばした結末に水絵が戸惑っていると、鏡之介が渋い顔で尋ねた。
「それで? 水絵の謎解きは合っていたのか?」
「はあ……多分」
「多分、かよ」
鏡之介の皮肉な口調に、花吉が首をすくめる。
「鏡之介さん、顔が怖いです」
水絵がたしなめると、鏡之介は気まずそうな顔で座り直し、
「とにかく、いきさつを聞こうか」
と、少し落ち着いた声で言った。
それで、ようやく花吉も安心したらしく、縁談がまとまるまでのいきさつを語った。
「あの日、水絵さんに解いてもらった判じ物の答えを兄に見せましたら、いきなり店を飛び出してしまいまして」
信之助が行った先は、「花菱屋」だったらしい。そこで、お琴としばらく話をしていたらしいが、詳しい話はしてくれない。
「私が、『あの文の意味はどういうことなんですか』って聞いても、なんにも答えてくれないんで……。水絵さんにもどう言っていいか分からずに、失礼なことをしてしまって」
すみませんでした、と再び頭を下げる。
「そんなに何度も謝らなくてもいいですよ。仕方なかったってことはわかったから」
水絵はそう言ったのに、鏡之介は、まだ不機嫌そうだ。花吉はまた、小さく肩をすくめた。
気まずい雰囲気をなんとかしようと、水絵は言った。
「それで、縁談がまとまったっていうのは?」
「私には詳しいことはわからねえんですが、今日になって、縁談がまとまったって知らせが来たので、急いで、水絵さんに知らせねえと思いまして」
それで、走ってここまで来たという。
「これも、謎解きをしてくれた水絵さんのおかげです。ありがとうございました」
そう礼を言ってから、花吉は帰って行った。
「結局『おむすび 美味しい 思い出』の意味は分からないままか」
鏡之介の言葉に、水絵も頷く。
「気にはかかりますけれど……」
「若旦那に聞いても、答えちゃくれねえだろうな」
そんな風に、二人は諦めたのだが――。
その答えは、思わぬところから知らされることになる。
どうやら今回の答えは、
まだ半分だったようです。
残りは、もう少し先で。




