11 解くべきもの
口に出さなかった言葉は、
消えたわけではない。
ただ、少し形を変えて、
別のところに残るだけだ。
「その手には乗りませんよ」
またか、と思いながら、水絵は言った。どうして、鏡之介は、水絵が心の中に沈めている、岡っ引き――祖父・袖切り冬三――への憧れに、火を付けようとするのだろう。
「お琴さんの気持ちを調べて来いって言いたいんでしょうけど、無理です。友だちみたいに接してくれても、友だちじゃありません。あんな大店のお嬢さん、用もないのに尋ねるわけにはいかないんです。それに……」
と、言いかけて、水絵は言葉を切った。
すると、鏡之介が眉を上げる。
「それに……なんだ?」
なんでもないです……と、答えようとしてやめた。そんなふうに言ったら、鏡之介は「言いかけたことは言え」と食い下がるに決まっている。
だから、言うことをすり替えた。
「……それに、この縁談、花吉さんと喜代彦さんの思惑が違うってことの方が、肝心なんじゃありませんか?」
鏡之介は少しの間、なにも言わずに水絵をじっと見た。言いかけたことと、実際言ったことが違うと、見抜いているのだろう。
けれど、それを言うわけにはいかない。水絵が黙っていると、鏡之介は諦めたように言った。
「確かに、その通りだな。どのみち、他人の家の縁談だ。俺たちが口をはさむのは筋違いだな」
「……そう思います」
鏡之介は、ふっと息を吐いた。
「俺たちに出来ることは、この縁談の行く末を見守るだけってことか……」
「丸く収まるといいですね」
水絵が言うと、鏡之介は、不意に空を見上げ、
「……そうだな」
と言った。
帰り道、水絵も空を見上げた。
――雲ひとつない蒼空。
そして、自分が言いかけた言葉を心の中で繰り返す。
わたしが気になるのは、お琴さんの気持ちより――。
水絵たちは、「行く末を見守るだけ」と考えていたはずだった。
けれど、この縁談話は、二人を「見守るだけ」にはさせてくれなかった。
数日後、花吉が、再び眞性寺を訪れたのだ。
「すみません。お二人のお知恵を、また拝借しなければならないことになりました」
本堂で、水絵たちと向かい合った花吉は、困り果てた顔をしていたが、それでも、水絵には丁寧に頭を下げた。
「志津さんがうまく言ってくださったんですね。信之助兄さん、『想い人のことはきっぱり諦めた』と言ってくれたんです」
「……そうですか」
それ以上の言葉は、出てこなかった。「よかったですね」とは言えない。
その後、黙ってしまった花吉に、鏡之介が言葉を掛ける。
「でも、『花菱屋』との縁談は進んでいない……と言うことか?」
「おっしゃるとおりで。兄さん、『私にはあんな大店の主人は務まらない』だの、『お琴さんとじゃ、歳が違いすぎる』だの、のらりくらりと……」
花吉は深いため息を吐く。
気持ちは分かるが、自分たちに出来ることなどないんじゃないか……と、水絵が思っていた時、鏡之介が言った。
「俺たちに、信之助さんを説得しろってことなら、無理な相談だ。俺たちには荷が重い。それこそ、祐光先生か、仲人役の『鳴門屋』の大旦那の出番じゃねえのか?」
水絵も、隣でうんうんと頷く。
すると、花吉がぱっと顔を上げた。
「いえ、違うんです。お二人には、判じ物を解いていただきたいんです」
「判じ物?」
水絵と鏡之介が声を揃えた。
花吉は、ちょっと頬を緩めたが、すぐに真顔になって、懐から折りたたんだ紙を取り出した。
「兄さんがのらりくらりしている間に、お琴さんから文が届いたんです」
と、それを差し出す。
「俺たちが読んでもいいのか?」
受け取る前に鏡之介が尋ねると、花吉は苦笑した。
「かまいません。読んでも意味が分からないですから」
鏡之介は、水絵をちらっと見た後、受け取った文を開いた。素早く目を通すと、それを水絵に渡しながら言う。
「これは、水絵の分だな」
文を受け取って、目を通す。奇妙な文だった。確かに、意味が分からない。
まず、目に入るのは四つの絵。描かれているのは、
七福神
田んぼ
天狗
釣りをする人
そして、文は――。
かおにおしろい
きんむくのおびどめをだすみせのどま
びわひとつおく
とりいはしゅいろかしはこしあんいろははなだ
おしろをまもるついでにやりでさす
「ね? わけがわからないでしょう? 信之助兄さん、すっかり困っちまって、私に助けを求めてきたんです。けど、私にもさっぱりで……」
花吉は頭を掻く。
「これ見ながら、うんうんうなっていたら、千代が言ったんです」
『鏡之介先生と水絵姉ちゃんなら、きっと分かるよ。前に、寺子屋に貼り出された変な判じ物、あっという間に解いちゃったもん』
そんなわけで、お願いに……と花吉は言ったが、すでに、水絵の耳には入っていなかった。
真剣に文を見つめて、なにかぶつぶつと言っている水絵を見ながら、鏡之介が、花吉に囁く。
「どうやら、水絵には筋が見えてきたらしい」
「え? 一度読んだだけで、分かってしまうんですか?」
「それが、水絵の才だ」
そんな二人のやりとりも耳に入らないほど、水絵は、謎解きに心を奪われていた。
見守るだけのはずだった話は、
どうやらそうはいかなくなったようです。
さて、まずは目の前の謎から。




