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39- 系譜

【石場 香織子】

1891年12月25日金曜日、夜明け

ミサが終わると、公使館からは徐々に客の足が遠のいていった。皆、外に出ればしばらくの間は二度と味わえない暖かさを後にしていくことを知っている人特有の、名残惜しさを滲ませながら、コートを羽織っていた。

清隆は、年老いた英国人船員に引き込まれてしまっていた。その船員は、大げさな身振り手振りと、私には半分しか理解できない訛りで、台湾沖での嵐の話を語っていた――おかげで、ここ数週間では珍しくなった、彼と離れるひとときを得ることができた。

デロールム神父はその隙を突いて、私の腕を掴んだ。それは、私が子供の頃からずっと彼に感じていた、あの穏やかな威厳に満ちた仕草だった。

—「さあ、ベンャヒア。私のトランクの中のごちゃごちゃした荷物の中に置き忘れてしまう前に、君に渡したいものがあるんだ。」

彼は私を自分の書斎へと案内した。そこは、本や未処理の書簡、そして彼がアルジェリアへ旅立つ前の若い頃に自ら彫ったと私が知っていた木製の十字架で溢れかえった小さな部屋だった。机の上には、質素な木製の箱が置かれていた。それは南京錠で閉ざされており、彼はもはや何事にも急かされることのない男のゆったりとした仕草で、修道服のポケットから鍵を取り出した。

—「お預かりしたものはすべてここにあります」と彼は蓋を開けながら言った。「お預かりして以来、ずっとあなたのために保管しておきました。いつの日か取りに戻ってこられるのか、それとも時が経つにつれてすべてが消え去ってしまうのか、ずっと分からなかったのです。」

私は近づいた。予期していなかった感情に胸が高鳴っていた。

中には、12円入った財布があった。記憶の中で何度も数え直したため、手に取る前からその重さがわかった。それから、ノートや答案用紙の山。デロールム神父の小さな学校に通っていた元生徒たちの、ためらいがちな筆跡が記されており、中にはまだ私が赤インクで添削した跡が残っているものもあった。

上質で控えめな細いウールの長いハエック・ベールが、こうした品物を大切にすることに慣れた手によるものだとわかるほど丁寧に折り畳まれていた。手紙の束――中にはまだ封が切られていないものもあり、故郷の家族からの筆跡や、何年も音沙汰のなかったザウィアの仲間たちからのものもあった;

使い古されたノート二冊。数式やスケッチで埋め尽くされた――私の「実験ノート」だ。かつてまだ許されていた頃に、こっそり持ち出せた本から得た知識をもとに、化学や物理を理解しようと試みた記録を書き留めていたものだ;

シンプルだが貴重な宝飾品が二つ――精巧に彫刻された銀のイヤリング一対と、一目見ただけで母のものだと分かった珊瑚のペンダント。母という存在を、私はこの品と、母と親しかった人々の沈黙を通してしか知らなかったのだ。

そして、箱の上に横たわっていたのは、一本の杖だった。

私はそれを手に取り、指が磨かれた木に絡みついた。その感触は、年月が経っても決して完全に消え去ることのなかった、馴染み深いものだった。それは装飾用の杖ではなかった--それは装飾品などではなく、オリーブの木で作られた単なる杖であり、その柄は私より何十年も前に多くの人の手に触れてすり減っていた。これは、私が初めてカビリーの山々を長い道のりを歩いて行かなければならなかった日に、祖父から贈られたものだった。彼は、彼特有の現実的な知恵をもって、7歳の少女が世界と向き合うためには、本と同じくらい良い杖が必要だと判断してくれたのだ。

—「一度も手放したことはありません」と私は、彼に向けるというよりむしろ自分自身に言い聞かせるように言った。喉が突然詰まるような感覚に襲われた。「他に何も持ち出せなかった時でさえも。この杖はチュニスへの旅にも、ここまでの道のりにも、そして……」

—「そして、到着時に石場家があなたの持ち物をすべて没収したとき、他のものと一緒になくさざるを得なかったのでしょう。」デロールム神父はうなずき、その目には、年齢にもかかわらず、隠そうともしない感動の光が宿っていた。「実は、それよりも前に、それは私に預けていたんですよね……覚えていらっしゃいますか? 初めて公使館に来られた時、まだ石場家の管理下にあった頃、もしあなたがそれを持ち歩いていることが発覚したら、それを奪い取られてしまうのではないかと恐れていましたね。」

私はそれを、かすかに覚えていた――日本での恐怖に満ちた最初の数週間の中で、数少ない冷静な判断の一つだった。最も大切なものを、誰かに奪われる前に隠しておこうと決めたのだ。

—「ありがとうございます」と私は言った。思わず声が震えていた。「すべてに感謝します。長い間、何も尋ねることなく、これを守ってくれていたことにも。」

―「当然のことですよ、ベンャヒア。」彼は空の箱を閉じて、私の方へ押しやった。「箱も持って行ってください。もう、私よりもむしろきみのものでしょ。」

私たちは馬車で吉祥寺へと戻った。箱は私の膝の上に置かれ、清隆だんなさまは私の隣で黙り込んでいた――彼は、私がデロールム神父の執務室から出てきた時の様子を、一言も発することなく見ており、私が話す準備ができるまでは何も尋ねないという気遣いを見せてくれたのだ。

しかし、好奇心が彼の舌を噛みしめていた。

— 「なんでおまえをベンャヒアって呼ぶんだ?」 その質問には驚かなかった。

— 「もしその手帳のことで聞くなら、地獄へ落ちろ!」 私は淡々とした口調で答えた。

—「いや、そうじゃない。おまえがなぜ三つの名前――タサア゙ディット・オアトマン、バヤ・ベンャヒア、イシバ・カオルコ――を持っているのか、それに教師としてのペンネームである一(ニノマエ)・香(カオル)も加えるなら、その理由を知りたいという、単なる世間的な好奇心だ。」

— 「誰にでもそれぞれの事情があるものよ。カオルコは石場家が私に付けた名前。玉木さまはおく様のように『薫子』や『馨子』、あるいは『春子』という漢字で書きたがっていたけど、おくさまは三文字の名前を嫌がって、書くのが難しくて醜い『香織子』という名前を選んだの。『香りのする布の子』とか、そんな意味だったと思うわ。そもそも『石場』って、石の広場って意味だし……」

—「ああ……」だんなさまは、その説明を聞いて言葉を失ったが、諦めはしなかった。「では、残りの二つの名前のうち、どれが君の本当の名前なんだ?」

— 「タサア゙ディット。それは私が生まれた時に付けられた名前よ。その意味は『幸運な者』だって。冗談じゃないわ! 私が背負わされた運命を考えれば……タサア゙ディット・ン・スア゙イード・オモクラン・オアトマン、それが私の名前だったんだけど、語源的にはこう意味するわ: 『幸運な女』、『幸福な者』の[私生児]、『偉大なる者』の息子、アトマーンの子孫の一族に属し、その一族は拓建(アマル)の家の血筋であり、聖(シディ)・祭(アヤド)の町の隊長たちです、信友(セッディク)の家の分家であり、治大(ジェバール)家の家臣であり、 そして信友(セッディク)は、風頭(フェス)の王である文聡(イドリス)・大殿下の家門の道臣(マラブート)であり、預言者(彼に平安あれ)の聖なる家系に由来する。」

清隆は私の家系図に動揺した様子はなく、私が挙げた王国や王朝について何も知らなかったため、ただ困惑した様子で私を見つめるだけだった。

— 「私の母は、アマルの家孫の直系に属しています。そして、母の母は、故波路(ハッジ)・誉(アフメド)・大仁(モクラニ)閣下――かつてメジャナの大名であり、有惹(アルジェリア)人の王であった――の母方の大叔父の弟の娘です、また、故波路(ハッジ)・誉(アフメド)・大名(ベイ)・ベン・貴称(シェリフ)氏――磐城(コンスタンティン)の大名――の娘でもあります。私の六親等上の先祖は、フリゲート艦長です、有惹(アルジェ)国仏大使を務めた良人(ハッサン)・船頭(ライス)・ベン・信友(セディック)氏であり、忠仁州(チュニス)の初代国王若美(フセイン)・ベン・高(アリ)・トルキ殿下の母方の祖父にあたります。同様に、五親等には、学者です崇徳(ムハマド)・ベン・十日(アシュール)の妻であった円美(ケルトゥーム)・ベン・武砂(ムッサ)がおり、そのことから、私たちは学者一族であるベン・アシュール家の母方の叔父にあたります。」

— 「そして、おまえは農民の家系出身だね。」

— 「ええ、私は農民の家系出身です。土地と木々を頼りに生きてきた家族です。何か問題でも? 家柄や家系図以外にも、誇れることはたくさんあります。もちろん、それらが人生でいくつかの扉を開いてくれたことは認めますが…… ただ、石場家への扉だけは別かもしれませんが」と、私は相変わらず、それが他の情報と何ら変わらないかのように言った。

— 「では、ベンャヒアは?」

— 「ああ、それはまた別の話だ。あれは戸籍上の正式な名前なんだ。仏国人が我が国に侵攻してきた時、国民を数えて登録しようとした。だが、私たちの名前の付け方は、名前が次から次へと連なるせいで、彼らを吐き気をもよおさせた。ほら、トルコ政府の登録簿によると、私の父の名前はこうだった; サイード・ベン・モクラン・ベン・アトマン、ベン・カシ、ベン・アマル、ベン・バシール、ベン・アレズキ、ベン・カシ・ベン・モハメッド、ベン・アシュール、ベン・バシール・ベン・アレズキ……など、アル=アムリ・アル=アイヤディ。」

—「そんなにたくさんの名前があるのはあまり役に立たないよ。行政担当者にとっては、時間と紙と唾の莫大な無駄だ。」

— 「だんなさまにとってはね。私たちにとっては、この制度はとても便利だったんだ。なのに、仏人はそれをめちゃくちゃにして、理由もなく私たちの姓を勝手に変えてしまった。オ・セディク家はテルマットになり、オ・アマル家はアムリになった。オ・アフメド家のような家族は、アヤディとシェラフトに分割されてしまったところさえある。私たちは『ベンャヒア』と名付けられた。これは『ヤヒアの息子』という意味だ。でも、そんな名前の先祖なんて一人もいないんだ、まったく! あいつら、頭おかしいのか?」

— 「それはわからないけど……でも、なぜ『バヤ』という名前なの?」

— 「ああ、それか! それはまた別の話だ。私は大飢饉の3年目に生まれたんだけど、家族にとってはあまり歓迎されない存在だったから、隠されて育ったの。それから18ヶ月後、母は双子を産んだの。男の子(ムルード)と女の子(バヤ)よ。その時、仏人の法律で、登録しないと鞭打ちの刑に処されることになっていたの。その後、バヤは幼くして亡くなって、私が身分証明書を求められた時、行政や司法の厄介な手続きを避けるために、彼女の身分を名乗ったの。」

—「つまり……お前は、その23歳よりも年上ってことか」と彼は、まるでそれがこの世で最も当たり前のことであるかのように言った。

私は……呆気にとられた! まさに「呆気にとられた」という表現がぴったりだ。あれだけの説明をしたにもかかわらず、彼がたどり着いた結論がそれだけだったからだ。私の年齢についてのことだけだ。

—「ええ、24歳と7ヶ月を過ぎています。何か問題でも?」

—「いや、もう知ってたよ。」

—「え? 何?」

—「実年齢より年上に見えたから。」

—「何ですって?!?」と私は憤慨して答えた。

—「お前に、その年齢にしては異常なシワがあるし、日焼けした肌だし、手にはタコがあるし、足はゴムみたいに硬いし、性格はおばあちゃんみたいだし、その年齢の人が知るべきじゃないような知識もある。だから、お前は年をとってるんだ。」

私は額に手を当て、馬車の天井を見つめた。

—「くそっ」と私は呟いた。

—「何?」と清隆は、聞こえなかったのか、無表情な口調で言った。

—「くそっ!」と私は彼に叫んだ。「だんなさまは骨の髄まで、いやそれ以上まで、本当にバカなんだわ!S’taɣfurllah(スタグフルッラー)!」

—「好きに言え。俺は自分の判断力を信じている。それは感情に流されることなく、一貫した論理に基づいているのだから。」

私は腹の底から大爆笑した。

—「この一級品のアヒル顔を見てみろよ!」私はハイエナのような高らかな笑い声を上げた。「理性の限界について議論するつもりはないが、だんなさまの『判断力』なんて、私にとって無価値で、無効同然だ。」

—「好きに言え。そんなことに唾を浪費するつもりはない。」

—「へえ、そう? じゃあ、別のことで君の唾を無駄にさせてやるよ。」

—「やってみろよ。」

—「勝家は『華族』の一家ですよね?」

—「ああ。父は幕末に江戸城の守備隊長を務め、近代帝国海軍の創設者でもある。」

—「じゃあ、父さん以外の家系図を教えてくれ。」

—「結構だ。」

—「え?のぞみさんは自分の家系図をくれたし、かなり詳しい内容だった。だから、だんなさまの分も教えてくれ。」私のしつこい要求に、清隆だんなさまは折れた。

—「まあいい……私は清隆。父は『海舟(かいしゅぅ)』と呼ばれる物部(もののべ)安吉、その父は小吉、その父は銀一……あとは父に聞いてくれ。」

彼にはどうでもよかったようだが、私は思わず大笑いしてしまった!

部屋に着いて一人になったとき、ようやく布団の上に荷物をすべて広げ、感情が高ぶったときにいつもそうするように、私を最も落ち着かせてくれること――つまり、帳簿をつけることに没頭した。

箱に入っていた12円。それに、吉祥寺に来てから自分で貯めた小銭――手押し車1台につき18銭で売った堆肥の代金、つまり8円39銭――。さらに、到着時に持っていた59円と数銭。

そして、少し遅れて――その遅れに思わず自分でも笑ってしまうほどだったが――、一ヶ月前に清隆だんなさまが「個人的な出費に」とくれた20円のことをふと思い出した。当時は、理由もなく自由に使える自分専用の予算があるという発想そのものが、まだほとんど怪しく思えたため、私はそれを引き出しにしまい込んだまま、一度も手をつけずにいたのだ。

結果に疑いがあったというよりは、几帳面な習慣から、合計を二度計算し直した。

12円+8円39銭+59円38銭+20円=99円77銭。

イスラム教徒やアラブ人が住むエジプトのアレクサンドリア行きの客船の三等船室の切符代は、最低でも170円だ。ちっ、まだまだ足りない。

清隆が月に20円くれるとしても、借金を完済するにはあと4ヶ月はここに残らなければならない。

私は長い間、紙の隅に走り書きされたその数字を見つめながら、じっと座り続けた。身動きもせず、息さえ大きく吸うこともせず、まるでその金額を認識すること自体が、それだけで私の状況を何か変えられるかのように。

私はここを去りたいが、そこに私に残されたものなどあるだろうか?私の家族は、イギリス、フランス、アルジェ、チュニス、セティフ、シディ・アイシュ、ジュルジュラ、そして私たちの村シディ・アヤドの間を行き来するうちに、きっとバラバラになってしまっていたに違いない。貧しい彼らはきっとそこに残ったままであろう。中には亡くなった者もいるかもしれない。母もそうかもしれない。

私を見れば彼らは喜ぶだろう。養う口が一つ増えるのはあまり喜ばれないかもしれないが、私は故郷の地を再び見たい。種や腐肉、そして立派な牛の糞尿で満たされた、その泥の匂いを嗅ぎたいのだ。そこで農民として、物乞いとして、ホームレスとして、あるいは娼婦として生きることになっても構わない。私が両親の故郷である、イスラム教徒のカビル人の土地にいて、健康でいられる限り、それでいい。

なぜなら、死後に火葬されて、その骨が参列者たちに分け与えられること、あるいは土葬が禁じられ、来世への道を閉ざされるような国で生きることを、私は拒むからだ。私は、貴族階級とその偽善の人質となるような国で暮らすことを拒む。人間にひれ伏さなければならない国、ひれ伏すことが最低限の敬意とみなされる国、お辞儀や数え切れないほどの代名詞や活用形を強要され、神格化されたファラオの支配下で暮らすことを拒む。

豚肉や酒、肉欲の快楽がこれほど蔓延している国で生きることを拒む。血縁関係のない国で生きることを拒む。故郷からかけ離れた異教の国で生きることを拒む。

私の最悪の思い出も最高の思い出も刻まれたこの地で暮らすことは拒む。この罪深い場所で、いつまでも暮らすことは拒む。

そして何より、私が選んだわけでもない、私の祖国でも、私の文化でも、私の宗教でもない男性と結婚することは拒む。確かに、私は彼に少し恋をしているし、彼に心を寄せているし、彼のためなら命を捧げるつもりだ。だが、狂おしいほどの恋は人を愚かにする。

愛は、若いうちならいいものだ。それが続けば、やがて問題が生じ始めるだろう。私は子供が欲しいが、その後、きちんと育てなければならない。そして私は、妥協することなく、カビル人としてのアイデンティティとイスラム教の教えの中で子供たちを育てたいのです。愛は素晴らしいものですが、長く続くものではありません。

読者の皆さん、何を言おうと構いませんが、これが私の意見です。確かに、人生を通じて意見を変えないのは愚か者や間抜けだけですが、私が明日、意見を変えるとは思えません……

でも、もしかしたら、やっぱり変わっているのかもしれない。清隆と望に愛着が湧き、彼らをとても愛しているけれど、同時に、長期的な視点で考えなければならないし、それに……

まあ、とにかく……

それでも私はその紙を折りたたみ、宝箱の二重底、ハエックのベールの下に滑り込ませ、誰にも一言も言わずにその金をそのままにしておいた。

それは逃げ出すための計画ではなかった。それを実行しながら私は気づいたのだが、それはもっと単純で、そしてより執拗なものだった。一度すべてを失った女性は、たとえ最も純粋な幸福の中にあっても、もし最悪の事態がいつか再び訪れようとも、やり直すための扉を完全に閉ざすことは決してない――という、静かな確信だった。それは清隆に対する不信感などではなかった。それは、ただ単に記憶に過ぎなかった――そして、そのことで自分を責める理由は何一つ見当たらなかった。


残りの箱を完全に片付ける間もなく、リビングから望が私を呼んだ。

— 「香織子さま! 配達員が、お坊ちゃん宛てに何か届けていきました。」

階下に降りると、清隆はすでに分厚い封筒を手に取り、じっくりと眺めていた。上質な紙に包まれ、見覚えのない印章が押されていたが、それを見ただけで彼の肩がこわばったようだった。

— 「何ですか?」

— 「招待状です」と彼は、妙に平板な声で言った。「父からのものです」

私はその情報を消化する間、一瞬固まってしまったが、やがてまたハイエナのような笑い声を上げた。

— 「まさか、父上はあなたを招待しないなんて、自分の財産を賭けて断言していたくせに!」 」

—「そうさ、俺をからかってやれ。」

彼は封筒を、その動作の遅さから、顔に表れている以上に大きな不安を抱いていることがうかがえるほど、ゆっくりと開けた。中には、丁寧に書かれた招待状が入っており、「勝清隆中佐さまと婚約者の石場 香織子さま」を、翌晩に実家で開かれる恒例の年末の宴会へ招待する内容だった。

— 「招待されていないって言ってたじゃない」と、私は驚いて言った。

— 「招待されていなかったんだ」彼は招待状を裏返した。まるでその仕草だけで、裏面に隠された説明が明らかになるかのように。「どうやら、今日まではね」

台所からそのやり取りを聞いていた望が近づいてきた。彼女の顔には、私が完全には読み取れない表情が浮かんでいた――不安と、それよりも古く、もっと複雑な感情が混ざり合ったような表情だった。

—「海舟さまは、明確な理由なしに何かをするような方ではありません」と彼女は言った。「この件について長年沈黙を守ってきたのに、今になって招待してくるなんて、単なる日程の偶然ではないはずです。」

—「とにかく、チェッ!(自業自得だ!)」と私は彼女の背中をポンと叩きながら言った。「いつになるの?」

—「今夜よ。でも父はいつも、午後遅く、少し早めに到着するように言っているの。」

—「えーっ! 私の睡眠時間は?」

—「さっと昼寝して。14時に出発よ。」

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