38- おふらんす人々のクリスマス
【石場 香織子】
1891年12月24日(木)
その夜、だんなさまは、私が少しずつ読み解けるようになってきたあの独特の表情を浮かべて帰宅した――悪い日のような単なる疲労ではなく、懸命に働き、その見返りとして価値あるものを手に入れた男特有の、満足げな疲れだった。
それが彼のクリスマスプレゼントだった。不機嫌そうな表向きの態度とは裏腹に、彼の心の中では、飢え死にしそうな狂人がパン一块を前にして跳ね回るかのように、喜びで胸が高鳴っているのが私にははっきりと見て取れた。
—「手袋だ」と、彼はブーツを脱ぐ間もなく、挨拶代わりに大声で叫んだ。その様子に、私は思わず笑みをこぼしつつも、同時に驚かされた。
—「Smellah rraḥman rraḥim!」と私は叫んだ。だんなさまのその態度に驚き、飛び上がるほどだった。
ここ数週間、彼は自分の発見を、まるで贈り物を渡すかのように私に伝えるのが習慣になっていた。そのほとんど子供のような焦りは、普段の彼の冷たさとは美しい対照をなしていた。
優しいだんなさま、本当に優しい。
—「かえりなさい、だんなさま」と、私は挨拶という基本的な礼儀を欠いた彼に対し、叱るような口調で言った。
—「すまない。ただいま」彼はどっしりと腰を下ろしたが、その口元には、特に隠そうともしていないほのかな笑みが浮かんでいた。「目撃者によると、加瀬が亡くなる数日前、暖かい日でも常に手袋をはめた男が、7番埠頭の近くをうろついていたそうです。」
—「何を隠すためだ? 傷跡か? タトゥーか? ニキビか?」
—「あるいは、単に極限まで徹底された慎重さ――の習慣なのかもしれない。たとえ通行人の目に奇妙に映ろうとも、どこにも指紋を残さないという習慣だ。」彼は私が差し出したお茶を受け取り、カップに触れた瞬間、冷たい指が明らかに温まっていくのが見て取れた。「また、正確な監視地点も突き止めた。埠頭から80メートル離れた屋根の窪みで、加瀬が立っていた場所を真正面から見渡せる場所だ。誰かがそこに長時間留まっていた。足元の土が踏み固められるほどに。」
—「たった一人だ。」
—「その特定の屋根の上に見えたのはたった一人だけだ。射手は別の場所にいたはずだ――おそらく、二人は遠隔で連絡を取り合っていたのだろう。」彼は紅茶を一口飲み、立ち上る湯気に一瞬、視線を落とした。「これは、我々がすでに疑っていたことを裏付けるものだ。単独の男ではなく、組織だ。規律正しく、訓練され、忍耐強く、計画的な組織だ。」
—「Sebḥanallah! そんな一味こそが、人類社会にこれほどの混乱をもたらしたのか。神よ、我らをお守りください。」
私は彼の向かいに腰を下ろした。その日一日の疲れにもかかわらず、彼の肩がここ数日よりも緊張が和らいでいるように見えることに、思わず気づいてしまった――たとえわずかな前進であっても、それだけで、どんな慎重さの誓いだけでは和らげられなかった重荷が軽くなったかのようだった。
—「なんだか、ほとんど嬉しそうに見えますね。あと少しで、子供のように飛び跳ねてしまいそうですよ!」と私は言った。
—「ある意味、そうなんです。」彼自身、その言葉を口にしたことに少し驚いているようだった。「もちろん、加瀬の死のことではない。捜査の手法そのもののことだ。ここ数日、まるで影を追いかけているようで、確かなものを掴めないままだった。今日、15日の事件以来初めて、運ではなく、地道な作業によって、本当に前進できたような気がする。」
—「それが『期待する』ことと『捜査する』ことの違いだ」と私は言った。「兄はいつもこう言っていた。『優れた猟師は、獲物が自分の方へやってくることを祈ったりはしない。獲物が姿を現すしかなくなるまで、忍耐強くその足跡を追い続けるのだ』と。」
—「賢明な人だったな。」
—「そうであればいいのですが! しかし、兄は忍耐と諦めの違いを、厳しい経験を通じて学ばざるを得なかった男でした。」私はストーブの上で炊いているご飯の様子を見ようと立ち上がったが、途中で足を止め、ある考えが頭をよぎった。「だんなさま。明日はサンタクロースの日です。」
— 「知っている。」
— 「デロールム神父は、今夜も仏公使館で、家族がいないためにきちんと祝うことのできない、この街の天主教徒や新教徒たちのために、ささやかな集いを開く予定です。私の信仰ではありませんが……」私は言葉を濁し、本当に言いたいことをどう表現すべきか探った。「そこに行けば、きっと気分が晴れると思いますよ。米国から戻って以来、教会に足を踏み入れていないでしょう? ある眠れない夜、だんなさまが話してくれたことを、私が覚えている限りではね。」
彼はその提案に驚いた様子で私を見つめ、ほんの一瞬、多忙なスケジュールとは無関係な躊躇いが彼の顔に浮かんだのが見えた。
—「……一緒に来てくれる?」
—「『付き添う』なんて、大げさな言葉ですね。外で待っているよ」と私は微笑みながら言った。「あるいは、だんなさまが『反抗的な良きクリスチャン』としての義務を果たしている間、デロールム神父とお茶を飲みながら待っているかもしれない。でも、ええ、少なくとも玄関までは付き添うよ。それに、あの若き神父さんは今月末にまた旅立つらしいし、せめて別れの挨拶はしておきたいからね。」
彼はすぐには答えなかったが、その顔には、まだ声に出してどう表現していいかわからないような感謝の色が浮かんでいた。私は、彼と接する際によくそうするように、それを強要しないことにした。私たちの間では、沈黙がどんな言葉よりも深い意味を持つことがあると知っていたからだ。
教会私たちは午後も終わりに近づいた頃に出発した。空はすでに、冬の夕暮れ特有の灰色がかった紫色へと変わり始めていた。望美は来なかった。首都の喧騒よりも、家の静けさを好んだのだ。しかし、私たちにとってはこの上なく心地よい安心感に包まれたこの状況下で、私たちは竜橋を休暇から呼び戻し、家の玄関先に立たせた。かわいそうに!(でも、ちゃんと報酬は払ってやるつもりだ)
清隆だんなさまは珍しく私服姿だった。シンプルなダークスーツに、ネクタイなしの白いシャツ、それに合わせた短靴、そしてシルクハット。
制服ではなく私服というその姿は、彼が階段を降りてくるのを見て私が気づいたように、まるで彼らしからぬ雰囲気を醸し出していた。まるで、長い間身に着けていた鎧の重さを忘れてしまうほど長く着続けていた鎧を、一晩だけ脱いだ男のようだった。
—「変な目で見てるな」と彼は言い、隠しきれない照れくささをにじませながら襟を直した。
—「ただ、もっと頻繁に私服を着られたらいいのに、と思っただけです。お似合いですよ、だんなさま。肩のこわばったシワも減って――まるで、笑っても罪悪感を感じないような男性のように見えますから。」 」
彼はそれには何も答えなかったが、思わず口元がほころんでいるのが見えた。正直なところ、それだけで、この世のどんな答えよりも雄弁だった。
—「クリスマスはお祝いされるんですか? 勝家で?」 」
その質問で、だんなさまは沈黙を破った。まるで私が触れてはいけない何かを触ってしまったかのように、彼は私を真剣な眼差しでじっと見つめた。
—「なぜそんなことを言うんだ?」
— 「ええと、お父様は米国に長く住んでいらっしゃいましたし、だんなさま自身も米国に住んでいましたよね。お兄さまは仏国で勉強されていたとも聞きました。ですから、キリシタンの祝日をいくつか持ち帰ったとしても、別に不思議ではないでしょう?」 」
彼は視線を窓の方へそらし、ため息をついた。
— 「お前は本当に鋭すぎるな」と、彼は苛立った様子で答えた。
— 「お褒めいただきありがとうございます! それで?」
—「それで、クリスマスは祝うんだ。でもヨーロッパの人たちとはちょっと違う。確かに家族全員が揃うけど、外交官や政治家、軍関係者も招いた宴会も開くんだ。そもそも、家族だけでも僕は彼らと気楽に過ごせないのに、ましてやあの人たちなんて……」
—「じゃあ……明日、家族に会いにだけ行ってみたらどう? いいんじゃない?」
—「いいえ、結構です」と彼は冷たく答え、議論に終止符を打った。「招待なしでは行かない。それに、父の実用的な性格を知っている限り、僕の答えが分かっているのにわざわざ招待しに来るなんてことはないだろう。ところで、クリスマスの話が出たついでに、石場家はクリスマスを祝うの?」
その氷のような口調は、慣れていたとはいえ、少し怖かった。きっと、石場家で過ごした年月のトラウマだろう。そこでは、些細なことで怒鳴られたり殴られたりしていたから。彼の顔にそれが表れていた。自分の過ちに気づいたのか、表情が和らいでいくのがわかった。
まあいいか。私は深く息を吸い込み、いつもの自分を取り戻した。
—「まあね」と私は答えた。「みんなそれぞれ別行動だったわ。咲太若さまは友人の家にいて、花お嬢さまと春日お奥さまは、自宅でパーティーを開いていない時は、他の人のパーティーに出席していたし。お父さまについては……ほとんどの時間は、お二人と一緒にいるか、あるいは旅行に出かけているかのどちらかよ。」
—「また、家族団欒について説教するつもり?」
—「おやまあ! その言い出し、三百里先からでも見透かしてるわよ。お正月は、みんな家にいるものよ。」
確かに、私以外の全員が実家に帰っていた。私も確かに実家にはいたけれど、家族と一緒にではなく、使用人の部屋に閉じ込められていた。でも、過去は過去だ。
—「アルジェリアでは?」
—「あの故郷のことなら! とんでもない! 西洋はみんなキリスト教徒だと思ってるんですか、先生? それとも、突厥人や木蘭皮人への仕返しとして、騎士団による十字軍を我々のところに送り込み、剣で拔西羅人を改宗させようというおつもりですか?」と、私はわざと憤慨したふりをして声を荒げた。
清隆だんなさまは涙が出るほど大笑いした。私の「歴史的皮肉」は、彼を退屈させるだけだと思っていたので、私は驚いた。
—「まあ、では、何を祝っているんですか? キリシタン教の祝日を祝わないのなら……」
—「えへぇぇぇっ」と私は甲高い声で言い、手首をくるくると回して「たくさん」という意味を示した。「どの国よりもたくさん祝ってるわよ!! まずキリシタンの祝日なら、イースターや聖ヨハネの日、それにマリアの受胎告知を祝う人もいるし。それに、大祭りや小祭りがあり、それぞれ3日以上祝うし、預言者の誕生、運命の夜、三つの疑いの夜、昇天の夜、秋の祭り、夏の祭り、 春の祭り、大配、シディ・アヤドの祭り、展望の祭り、巡礼者の祭り、白夜、短い夜、至点、収穫祭、結婚式、葬儀があり、さらには年に2回も新年を祝うのです; 農民の「一月」と宗教者の「十日」、そして春の始まりの「ノウルーズ」を含めれば3つになる……何を書いているんだ?!」
私がアルジェリアの祝日の数について熱弁を振るっている間、清隆はノートを取り出し、書き始めていた。彼は少し無邪気な表情で私を見つめた。私はそのノートを取り上げ、最初のページを開くと、そこにはこう書かれていた。「Observations records of Kaoriko Ishiba」。その下には、【対象・石香ノ社会的・文化的・特質・並ビニ日常・動静ニ関スル調査録】と記されていた。
私は彼を見つめ、ノートを見つめ、また彼を見つめ、そしてノート、そして彼と、交互に見つめ合った。そして、軽蔑の意を込めて首を横に振りながら、「Ẓẓret irgazen n zman-a(今の時代の人間って、本当に…!)」と心の中でつぶやいた。その間、彼はトマトのように真っ赤になっていた。
—「おいおい! わたくしは動物なんかじゃないし、実験室の実験対象でもないんだぞ!」
—「わかってる、わかってるよ」と彼は気まずそうに答え、ノートを手に取り直した。「ただ、お前をもっと知りたかったんだ。文化や生活習慣とか……」
—「それで?お自分さまは見世物の獣になったのか?」と、まるでそれが名誉であるかのように、私は高慢な口調で言った。
— 「いや。クリスマスプレゼントだよ。」
私たちは二人とも、表情を変えずに顔を赤らめた。そこで私は額に手を当て、「A tawaɣit(自然災害だ!)」と囁いた。
公使館までの道のりは心地よい沈黙に包まれていた。その静寂を破るのは、凍った石畳の上を走る馬車の車輪の音と、時折、通り過ぎる家々から漏れてくる音楽や笑い声のこだまだけだった。
東京では、私がアルジェリアのフランス人入植者やヨーロッパで経験したような熱狂的なクリスマス祝賀は行われていなかったが、都会の西洋化された地区では、明治時代特有の現実的な好奇心をもって、クリスマスの外見的な形式を十分に取り入れていたため、その夜、空気そのものが特別な高揚感を帯びているように感じられた。
私たちが到着したとき、仏国公使館は隅々まで明るく照らされていた――玄関には和紙の提灯が吊るされ、日本の伝統とキリスト教の祝祭が見事に融合した様子で、窓からは本物のろうそくの温かな光が漏れていた。デロールム神父は毎年、少し子供っぽい誇らしげな口調で、そのろうそくは多額の費用をかけて輸入されたものだと語っていた。
彼は自ら玄関で私たちを出迎えてくれた。ロレーヌ地方の木こりのような広い肩幅を、この日のために並々ならぬ手間をかけて丁寧にブラッシングしたことが明らかな司祭服が包み込み、私たちを認識すると、その顔は満面の笑みに輝いた。
—「ベニャヒア! なんと、中佐さまご本人まで!」と、彼はフランス語で私たちを迎えてくれた。順番に私たちと握手を交わしたが、その握力はあまりにも強固で、清隆が顔をしかめるのをこらえているのが見えた。「さあ、中へ、中へ。寒さがあなたたちと一緒に侵入してくる前に。」 」
公使館の内部はこの日のために様変わりしていた――大広間には即席の小さな礼拝堂が設けられ、どこかの大きな教会から借りてきたと思われる長椅子が並べられ、季節外れながらも丁寧に花で飾られた質素な祭壇があり、すでに30人ほどの人々が集まっていた。その顔ぶれは、外交官、宣教師、外国人商人、そして私の大きな驚きだったのは、 数人の改宗した日本人たちもおり、彼らの着物は、部屋を埋め尽くす西洋式のスーツと美しい対照をなしていた。
—「ずいぶん遠くから来られたのですね」と、デロールム神父が小声で私に言った。その間、清隆は、士官学校時代からの知り合いらしい英国人の年配の船員に挨拶をするため、しばらく立ち止まっていた。「前回、教会であなたにお会いしたのは、カラコウを受け取りに来た時でしたが、その時はまだ、いつすべてを奪い返されるか分からないとでも言わんばかりの表情を浮かべていましたね。」
—「ああ、その話はもういいわ!今でも時々、そんな表情をすることはあるわ。でも、以前よりは少なくなったわ。」
—「それは一目瞭然だ。」彼は、私が初めて彼のドアを叩いたあの日からずっと変わることのない、慈愛に満ちた眼差しで私を見つめた。あの時、私は恐怖に震える十代の少女で、傷を癒やし、数日間だけでも身を寄せる場所を提供してくれる人を探していたのだ。「中佐さまはあなたを幸せにしている。君自身は決してそうは言わないだろうが、私にはそれがわかる。」
—「おいおい、神父さん! 詮索しすぎですよ。」
—「年をとったんだ、ベニャヒア。ある年齢を過ぎると、それはほぼ同じことさ。君が、シディ・アイシュの『白人神父団』の宣教所で学ぶために、村から下りてきたあの小さな女の子だったのは、もうずいぶん前のことだ。」
— 「あなたはそこで9年間も過ごしたくせに、私が5歳の時に教えてくれた最後の6ヶ月間しか覚えていないのね。」
— 「5歳の子供が、アルジェリアにおける仏国の植民地支配の持続可能性について論じ、算数で私を正すなんて、そんな子は街角でそうそう出会えるものではないよ。」
その言葉を聞いたとき、彼の顔に影がよぎるのを感じ、噂で聞いていたことを思い出した――今月末に去る予定だということ、この亡命者や改宗者からなる小さなコミュニティに長年奉仕してきた後、フランスへ戻るということだ。
—「本当に去られるのですか」と私は言った。その問いかけは、自分が意図していたよりも唐突に口をついて出てしまった。
—「30日です」彼はうなずいた。その表情には、何事も永遠には続かない――たとえ最も誠実な天職でさえも――という事実と、とっくに和解している人々特有の、穏やかな諦観が漂っていた。「健康も以前ほどではなく、ローマからは、ここよりも穏やかな気候の地で余生を過ごすよう勧められているのです。」
—「日本に来てからどれくらいになりますか?」
—「君が5歳の時からです。そうね……今回で16年くらいになるでしょうか。」彼は、懐かしさと誇りが混じった微笑みを浮かべた。「この国が、フランスが二世紀かけても成し得なかったほどの変化を、たった二十年で遂げるのを目撃しました。たとえ私がここで占めていた立場がささやかなものであったとしても、その変化に立ち会えたことは光栄でした。」
—「そうかもしれませんが、計算の速さに関しては相変わらずお遅いです!」
その瞬間、清隆が私たちのところへやって来た。デロールム神父が、先ほど私に対して見せたのと同じ、診断的な眼差しで彼を観察しているのが見えた。
—「勝中佐さま。ここ数年、教会に足を踏み入れていなかったと伺いました。」
— 「香織子は、私が初めて会ったばかりの人々に私の秘密を暴露してしまうという、特別な才能を持っているようです。」
—「それは秘密なんかじゃないですよ、だんなさま」と私は言った。「ただ、この場が特にふさわしいので、神父様と共有すべき事実だと思っただけです。」
デロールム神父は笑った。その顔全体にしわを寄せるような、ロレーヌ地方特有の率直な笑い声だった。
—「彼女の言うことも一理あるな。」彼は清隆の肩に手を置いた。他の誰かがやれば傲慢に映ったかもしれないその仕草も、この男がやれば、ただ誠実な温かみしか感じさせなかった。「さあ、お座りください、中佐さま。忘れてしまった信条を唱えろなんて、誰も求めたりはしません。今夜はただ、たとえそう思っている時でさえ、人は決して完全に一人ではないということを思い出す機会なのです。」
真夜中のミサ自体は短く、説教というよりは歌が中心で、ラテン語と日本語が混ざり合うその響きは、全体に奇妙な美しさを与えていた。それは完全に西洋的でもなく、完全に日本的でもない、 しかし、この自発的な亡命者たちの小さな共同体において、必要に迫られて生み出された「何か新しいもの」――が、私が礼拝堂の奥のベンチに座っている間に執り行われた。外で待つと私が繰り返し申し出たにもかかわらず、デロールム神父がどうしてもと私にその席を確保してくれたのだ。
私は、私の数列前に座っている清隆を見つめた。ミサの初めは首筋をこわばらせていたが、歌が次々と続くにつれて次第にリラックスしていった――ラテン語の歌詞はほとんど理解できなかったが、音楽そのものの中に、 彼がある夜、バイオリンの中で探し求めていたものへと、遠回りの道を通じてつながる何かを感じ取った。それは、正確な言葉を使わずに、心が抱きながらも決して直接は言い表せないものを名付ける方法だった。
ミサの後、参列者たちが公使館の修道女たちが用意した質素な軽食へと散っていく中、私はしばらくの間、清隆が一人きりで、まだろうそくの灯りがともる祭壇の前に立ち、本でしか見たことのない西洋風の様式で描かれたキリストの誕生を描いた小さなイコンをじっと見つめているのを見つけた。
—「大丈夫?」と私はそっと近づきながら尋ねた。
—「アボット家のことを考えていたんだ」と彼は、すぐには振り返らずに言った。「アメリカで僕を泊めてくれた家族のことさ。あそこの家で洗礼を受けたんだ。こことそれほど変わらない教会だったと思う。ただ、もっと小さくて、もっと寒かったけど。」 彼はようやく私の方を向いた。その顔には、私がこれまで見たことのないような表情が浮かんでいた。「何年もそのことなんて考えていなかった。本当に。今夜みたいに、深く思い出すなんてことはなかったんだ。」
—「その家族に手紙を書いたらどうですか。」
—「そうかもしれないな。」彼はしばらく沈黙を保ち、それから、言葉を口にする前に一つひとつ計算することをやめた時にだけ見せる、あの率直な口調で言った。「先日、竜橋の言うことは正しかった。お前のことについて、俺が知らないことについてな。」
—「あの子はよく正しいんだ。卒業生としては、ちょっと疲れるよ。」
—「それが変わればいいのに。」彼は言葉を探した。その稀に見る躊躇いは、彼が最も率直な瞬間にのみ見せるものだった。「漠然とした好奇心からじゃない。本当に知りたいんだ――お前の言葉も、少しは。お前の信仰も、断片的に推測している以上のものを。石場家より前に、お前を育ててくれた人たちのことだ。」 」
私は彼を見つめた。こんな会話が交わされるとは夢にも思わなかった場所とタイミングで、その提案の突如とした重みに驚いていた。
—「時間がかかりますよ、だんなさま。たとえ善意に満ちた夜であっても、一晩で学べるようなことではありません。」
—「分かっている。」彼はほのかな笑みを浮かべた。今夜が始まって以来、私が彼に見せた初めての、本当にリラックスした笑顔だった。「でも、時間はたっぷりあるだろ? これ以上待つより、今始めたほうがいいさ。」
—「そうだけど、ノートを使ってはダメだよ。」
—「確かに。でも他に方法がないし、それに……」
私たちが気づかないうちに私たちのそばにやって来ていたデロールム神父は、両手にホットワインのカップを一つずつ持ち、意味深な笑みを浮かべてそれを差し出しながら、ちょうどその瞬間に、年配の司祭が時折見せるような、最も適切なタイミングで最も的確な言葉を紡ぐ繊細さをもって、こう付け加えた。
— 「ほら、子供たちよ。この国で過ごした二十年間が私に教えてくれた、唯一の真の教訓とはこれだ。他者の文化を、いや、他者という人間さえも、完全に理解することなど決してできない。しかし、ただひたすら、忍耐強く、年を重ねても試み続けること――それこそが愛なのだ。言葉にしやすい他のどんな感情にも劣らない、愛そのものなのだ。」
— 「時間なんて聞いてないよ、神父さん!」 」
彼は、私たち二人が答える間もなく立ち去り、私たちをホットワインの入った2つのカップと、おそらくどんな大げさな宣言よりも貴重な、ただ互いから学び続けようという暗黙の約束だけを残していった。




