心理戦迷宮
さすが抜け道というべきか。
突入した第六騎士団は、現在自分たち以外の敵味方を見掛けていない。
まさに無人の野を行くがごとしである。
「いやしかし、ここまでフリーなもんかな? 封鎖されていたわけじゃないし」
うまく行きすぎて怖いというか、さすがにちょっと不審というか。
「味方も多くはもっと手前で戦っているから、手が回らなかった?
敵は、どうだろう。
前線を上げているから、ここを攻められることは想定していなかった?」
ブツブツと理由を探すエッシェンバッハ。
そんなに不安なら引き返せばいいと思うのだが。
チャンスはチャンスなのだ。
できれば逃したくない。このまま遂行したい。
なので
『これは不自然ではない』
『このまま行ってよし』
と言える言い訳を探している。
愚かか愚かでないかで言えば愚か寄りの思考だが。
こういうときに臆しているようでは、突撃英雄の境地には至れない。
これで英霊となる者があとを断たないから、生還すると英雄でもあるのだが。
しかし逆に言えば。
そこの読みを外したことがない、非常に冴えた男だからこそ。
彼はここまで生き残ってきたのだ。
誰より大胆にして冷静なエッシェンバッハは、
すぐに答えへとたどり着く。
「なるほどなるほど」
少し進んだ先で彼らを待ち構えていたのは、
「そりゃ引き返すよな」
西洋の豪邸や庭園には付きものの、
広大な生垣迷路。
いや、彼らからは手前しか見えておらず、全体のサイズ感は分からないのだが。
今まで細道抜け道だったのが、急に開けた場所へ出たこと。
かつ、
「こんなところで迷子になっている場合ではありませんからな」
「うん。先にここまで来た味方も、引き返して普通に戦った方がいいと判断したんだ。
『|急がば回れ《アイレ ミット ヴァイレ》』
ってね」
「なんなら入ったまま、まだ脱出できていないのかもしれませんぞ」
広大と考えた方が、さまざまな辻褄が合うこと。
そこから予測ができている。
『戦勘』
『嗅覚』
などという表現をすれば、第六感的で非論理的な印象を受けるが。
実際のこれらは
『得た情報を組み立て、正確な判断を導き出す』
『それらを無意識レベルで、一瞬にして弾き出せる』
という、むしろ高精度AIのような、科学的で再現性の極致なのである。
ゆえにその思考の深さ、想定パターンの多さ。
若くして指揮官のエッシェンバッハは、副官を凌駕する。
「いや、それにしては静かだ。
騎士団レベルの人数が彷徨っているなら、声や木の揺れる音がする」
「では引き返しましたか」
「あるいは、
始末されたかだ」
「!」
突撃をよく知る者は、突撃の弱点を知る。
身をもって知る回数も違う。
敵の懐へ飛び込んだとき、どのような備えがあるか。
これらも戦闘AIのデータバンクに蓄積されているのだ。
「妙にすいすい進めるわけだよ。
ここがヤツらのキリング・フィールドだ。
備えがないのは誘い込むための布石だったってわけだ。
するとほら。この白々しいほどの静けさも、
息を殺して潜んでいるように聞こえる」
騎士たちの固唾を飲む音すら聞こえたような。
それが答えかもしれない。
「では我々も、おとなしく引き返しますか」
副官の緊張した声と表情。
それがベターであろう。彼は間違っていない。
が、真の英雄は常識の一歩先を行く。
「いいや、それはもったいない。
簡単さ。
火属性使い。焼き払え」
あるいはただの、決断力や倫理観の問題かもしれないが。
ただひとつ言えることは。
魔法がある戦争においては、現実のそれより選択肢が格段に多くなる。
どこにでも橋を架けまくるフューガみたいなものである。
なので、
『できるからやった』
をしてしまえる人間の方が、手数が多く強いのは確かである。
「ははっ!」
また、彼自身がそうであるように、部下たちも機敏である。
『この美しい庭園を、いいのだろうか』
と考える間もなく放火に取り掛かる。
ただのならず者集団かもしれない。
火属性魔法ともなれば、生木だろうが関係ない。
見る見るうちに延焼していく。
が、手前がある程度焼けたと見るや、
「水属性、消火だ」
すぐに消してしまう。
「全部は消すなよ。手前だけだ」
「もうよろしいので?」
「やりすぎると煙で敵を呼び寄せる。
これだけ焼けば、伏兵も死ぬか逃げるかしているさ」
少し燃やしては、その半分を消火し、その分進む。
突撃が売りの騎士団も、今ばかりはじっくり歩を進める。
本来それだけで迷ってしまいそうな迷路も、燃やせばこのとおり。
生垣はボロボロになり、簡単に木を薙ぎ倒して直進できる。
ときに何もない平地を落雷のように駆け抜けるより、
確実に足止めを喰らうところで進み続ける方が重要なこともある。
第六騎士団の牛歩は闘牛の歩み。
今はまだ後ろ脚で土を蹴る仕草だが、
その後に控える突進のときを待っているのだ。
「焼死体なんかはないな」
「では伏兵は逃げ出したということでしょうか」
「かもね。もしくは最初から僕の深読みだったか。
どちらにせよ、敵が始末した死体を担いで逃げるとは思えない。
ひとつも焼けた死体がないってことは、突入して死んだ味方もいないってことだ」
「それはようございますな」
副官の相槌は、正直どうでもよさそうな感じ。
第六騎士団としての結束は硬いが、他所への仲間意識は薄いらしい。
しかし、
「どうされました?」
エッシェンバッハの表情は、なんとも言えない微妙さを秘めている。
いい悪いというより、
『喉に魚の小骨が刺さった』
ような感じ。
いや、喉に小骨は大抵の人が『悪い出来事』と考えるだろうが。
彼は前方を睨み、
それから後方を振り返る。
「いや、
なんか、変だなと思って」




