おそらく悪魔なら
何はともあれ、エレオノーラさまは私たちの保護を受け入れることとなり、
『どういう経緯で』
『捕虜ではなく客人』
だったとしても、対外的には
『人質』
として機能する。
あのハインリヒの母親だからな。
傷ひとつ付けようものなら、あとで致命傷ふたつ付けられる。
何より、戦闘中の恐慌状態。
戦い慣れた騎士ならともかく、使用人たちに冷静な判断はできない。
なので、この場で最も偉い、従うべき皇太后陛下が
「私は連合軍に身を寄せます。
あなた方も無駄な抵抗はやめ、逃げるなり残るなり、よいように処しなさい」
などとおっしゃったら、脳死で従うしかない。
なんて書くと愚かそうに聞こえるかもしれないが。
『正しかろうが間違っていようが、とりあえず責任を上の判断に丸投げする』
ほど楽で賢い選択もなかったり。
私たち騎士はそうすると稀に負けて死ぬから、羨ましいことだ。
とにかくこれにより、奇襲部隊は敵勢の抵抗を鎮圧、武装の解除に成功。
見事アンヌ=マリーの要求どおり、
ひと晩、しかも短時間での御殿攻略に成功した。
物理的にも概念的にも、やはり上から行ったのが功を奏した。
「お母さま!」
「マルグリット!」
翌朝、エレオノーラさまの寝室にて。
長らく引き離されていた母娘感動の再会がなされている一方。
「お疲れさまでした。
しかし皇太后を抑えられるとは、大手柄ですね」
「そちらの助力あってのことだ。ありがとう」
私とアンヌ=マリーは壁を背に、お互いの健闘を讃えつつ、
「だが、どこまで使えるか分からんぞ?
相手はハインリヒだ」
「かまいませんよ。現王に人の心はなくとも。
国民にとっては長年皇后陛下を務められ、現在も国母であらせられる。
崇敬の集まる存在を
『害さなかった』
『こちらに引き入れた』
それだけで、新政権樹立に付きものな汚点を防げる」
「……聖女のくせに、生々しい政治に詳しいよな」
「教会の上にいると、いろいろ見ますよ。
教皇や枢機卿の選挙とか、聖女の推薦と後見役争奪とかの争いを。
政治家から
『聖女の鶴の一声で議会を動かせ』
なんて要求も来ますし」
きな臭い話をしている。
抱擁して熱い涙を流すシーンを見ながらする内容じゃないな。
「俗世の争いは、いざなれば戦争で殺し合えばいいと思っている。
しかし我々はそうではないので。
暴力の分までねちっこいですよ」
「分かった分かった。全部聞いたらノミのような信仰心が消滅しそうだ」
「あったんですね」
「私だって『死んだら天国に行きたい』とか考える神経くらいある」
話が脇道に逸れはじめた。
夜中の戦で睡眠時間が短いせいか。
『いつも逸れてるだろ』
って?
眠いからちょっと聞こえないな。
「モミアゲはどうした」
「ハインリヒ王の私室を漁っているそうです。
『何か他に使える材料はないか』
と」
「今更スキャンダルの資料が出てきたとて、失脚とかはならんと思うがな」
「しかしハインリヒを倒してのち、排除すべき不正な政治家のリストにはなる」
「なるほど」
その発想はなかった。
政治的なことに関しては、モミアゲの方が視座が高いのかもしれん。
やはり方面軍司令官のキャリアが長いだけある。
というか、能力は高いのに軍人としての視座だけ低いのでは?
そうだな、そんな感じするな。
じゃあなんで方面軍司令官のキャリアが長いんだよ。
人には人のハンデがある。
人には人の得意分野がある。
人には人の星がある。
だから大切なのは、その長短や本質に合った生き方・仕事を見つけることで。
モミアゲことクレマン・フォン・ツィマーはそれに失敗しただけのこと。
決して彼が劣等な存在というわけではないのだ。
たぶん。
では。
彼のような人間は何に向いていて、
どうすれば幸せになれたのだろうか。
「申し上げます。
援軍間に合わず、御殿はあえなく陥落。
皇太后陛下が敵に囚われた模様です」
夜中、ではないが起床時間より早い明け方。
要塞側の城主の間にて。
ドアは開いているが、中には立ち入らない、報告している男の話ではない。
おそらく奏上官トレッリにとって、これ以上の天職はない。
本人が好きか嫌いかは別にして。
問題は、受けている方。
「いかがいたしましょう」
「いかがもタコもあるか」
ベッドの上、裸のまま上半身を起こし、カーテンを開く男。
「ん……」
隣、トレッリからすれば手前側。
同じく裸でシーツを巻き込んでいる女性がうめく。
日光が差し込むも、さすがに早朝のまだ淡い光。
目が覚めるまではいかないようだ。
「起きろ。大事な話だ。帰れ」
だから隣の男が直接起こす。
密着した左脚で相手を揺すっている、
というよりは押しているだろうか。
起きなかったらベッドから落とすつもりなのかもしれない。
人を人とも思わぬ扱いだが仕方ない。
彼は白十字王国内においては、人権を超越した階級の人間なのだから。
そう、国王ハインリヒである。
「うーん、ん……。
え?
キャーッ!!
ちょっと!?」
女性は痛い目を見るまえに目覚めたようだが。
今度は事後の朝、知らない男がいる状況に晒される。
「どうだ、覚醒しただろう。さっさと行け」
それだけでも無体な話なのに。
ハインリヒは容赦なく女性からシーツを剥ぎ取る。
「きゃあああ!」
女性は慌てて取り返そうとするが、
「オレに風邪を引かせるつもりか」
すぐに諦めて昨日脱ぎ捨てた衣服を拾い、着ようか迷ったあと、
トレッリの姿を気にして、そのまま飛び出していった。
廊下なんて誰に会うか分からないのだ。
目を伏せているトレッリは無視して、部屋で着た方がよかったはずなのだが。
「女を追い払うには効果覿面だな。
人払いは済んだ。話を続けろ」
ハインリヒは薄く笑う。
先ほど
『この男は何なら向いていたのか』
などと書いたが。
おそらく民を慈しむ王なる存在は、何より向いていないと思われる。
「それで、皇太后陛下が囚われていますが」
「あぁ、そうだった、そういう話だった」
あるいは、
「だから
『知ったことか』
という話だな」
「よろしいのですか?
「だから『よろしい』もヘチマもあるかってんだ。
向こうが捕まえてんだぞ。
交渉も殺すも何もかも、連中が主導権を持っている。
オレに、オレが、どうこう言う話じゃないだろうが」
人間というものに向いていないかもしれない。




