街戦は人を飲む
ベルノの街、特に外郭の居住区は
国の首都とは思えないほど住みにくい。
道幅は狭い。
しかも曲がりくねって、あちこちの道と混戦して。
で、進んだ先は平気で行き止まりだったりする。
もはや迷路だ。
数年暮らしたくらいじゃ平気で迷子になる。
物陰に不審者も潜みやすいし、子育て世代はいつも険しい顔をしているとか。
そんな、話だけ聞けばスラム街みたいなベルノの下町だが。
もちろん原因は
『首都だから人が集まりすぎて、限られた土地に住居がひしめいている』
ってこともある。
空きスペースがあれば無理矢理利用するから、平地なりにアップダウンも激しい。
が。
何度も言うように、
『城の防衛設備として、意図的に不便にしてある』
その面も大きい。
つまり、
「改めて見ると、嫌になるな」
「住むのがですか?」
「では私とフロイラインの新居は、ロージーヌあたりに求めようか」
「攻める話をしている」
攻略した城壁の、廻廊になっている屋上にて。
鳥瞰した街はごみごみとしている。
「それならまだマシだよ。こうして、せめてもの全体図をつかめているんだからね」
だから、直視して実感するからイヤになるんだって。
本当このモミアゲってヤツは、デリカシーとかないよな。
全部モミアゲの毛根に吸われたんか。
だが文句ばかり言っても仕方ないか。
いいところ探しはいい上司の秘訣だ。
「街の全体図はともかく。雑に敵の配置が透けるのは助かるな」
『街戦は人を飲む』
なんて人は言う。
これは
『大軍がまとまって展開できず、各所で小競り合いが多発する』
『その結果、大局的には何ひとつ進んでいないのに、兵士たちは死傷していく』
という、戦闘が長期化しやすく、かつ被害が嵩むことを嘆いた文句だ。
だが、もっと物理的にも。
単純に物陰に敵が隠れていたり。
そのせいで先に角を曲がった味方が、次には死体になっていたり。
文字どおり『建物が人を飲み込む』感覚になる。
読者の皆さんが聞くような例えをすれば、冒険バラエティ番組で
現地民『あのジャングルは多くの人間を飲み込んだ(遭難して行方不明の人がたくさんいる)』
と、気分としては同じだ。
その原因たる、ゲリラの配置が大体見える。
どこの曲がり角にいるのか。
屋根の上なんか丸見え。
本陣は西区の中でも東北東にあるんだな?
ほう。味方同士連絡を取るときは、そのルートを通るのか。
で、あそこの部隊はあっちの連中と連携している、と。
「そりゃ上から見たのと実際歩くときは別物だが。
あらかじめルートを決めておくくらいはできそうだな」
イニシアチブを持っていることは、現場で敵を殺せるより強い。
勝てるし、何より負けない。
「しかしフロイライン。家の中に隠れている敵兵もいるだろう。
一概には言えない。むしろ陽動かも」
「向こうも見られていることは分かっているだろうしな」
だがそれも、前提の情報が正しければの話。
見極めねばならない。
のだが、
「我々が見るべきは、そこではない」
静かな声で、しかしはっきりと割り込んだのはアンヌ=マリー。
目線は街を見下ろしたままだ。
「もちろん敗北しては元も子もありませんが。
今回我々は『勝ち方』にこだわらなければならない」
彼女は一度腕を組んだあと、
「それは言い換えれば『市民への配慮』。
いかに彼らを傷付けないか。
ご覧なさい」
街を指差す。
「あちらの区画は朝から人通りが多く、かつ鎧を着ていない。
一般人でしょう」
その指がスライドして、別の区画へ。
「一方こちらでは、ほぼ人が出歩いていない」
「市民の避難が済んでいる、ということかな?」
モミアゲの相槌に、アンヌ=マリーは小さく首を傾ける。
「籠っているだけかもしれません。そう行く先があるともかぎりませんので。
ただ少なくとも、
『敵勢が迫っている』
ことに対する意識はしっかりしているのでしょう。
ということは」
また腕が組まれる。
腕組みってのは多少冷たい印象があるが、
「残酷ながら。
こちらの方がおそらく、
戦場になったとき、市民側の対策ができている」
実際に無慈悲なことを考えていたようだ。
まぁ対策っても
『迂闊に外に出て巻き込まれない』
以上のことはないと思うが。
そういう意味でも、今から外をほっつき歩かない時点で意識高いか。
「ということは、フロイライン」
「うむ。西区北西から切り込んでいくことになるな」
城壁攻略、いや、鉄血戦からこの方ずっと。
激戦が続き、疲労も被害もバカにはならん。
しかも街戦は長くなるし、ベルノ城本体も待ち受けている。
先は長い。
だが今回ばかりは、味方の被害抑制ばかり優先はしていられない。
ここが正念場だろう。
「いいか! 焦って進むな!
路地、物陰、民家の中! しらみ潰しに安全を確保して進め!
あと決して単独行動をするな!
最低5人で固まって、前後左右頭上も警戒して動け! いいな!」
作戦は昼になるまえに開始された。
今私がいるのは、西区北西の外周あたり。
今回ばかりは私も前へ出ないので、あらかじめ兵士によく訓示しておく。
というのも、街戦は指揮官が狙撃されやすいからな。
野戦は案外、目の前の相手を警戒して入ればいいし、動けば当たらない。
だが街戦は家の陰に隠れて敵が接近しやすい。回り込まれることも多い。
で、至近距離から狙われたとき、道が狭く人も多いと逃げられない。
さすがに危ない。
私は大概メンドくさがりだが、結局なんでも自分でやった方が早いと思っている女だ。
それでも今回はじっと待っているしかない。
最初にいた場所から動かず、椅子に座ってひたすら腕組み。
不謹慎ながら、いっそ眠くなれたらいいのだが。
そうもならずにジリジリ神経だけ消耗する。
日差しもキツくなってきた。
もう夏の昼なんだもんな。
じっとしているのがキツい。
が、指揮官がウロウロ落ち着きない様子を晒すのもよろしくない。
釘を打たれていないだけの磔みたいになっている私に、
「申し上げます!」
「どうした」
腰を浮かせる機会が来たのは、作戦開始から1時間は経過していない、くらいのころ。
「味方の偵察隊が、敵の防衛網と接触しました!」




