博徒は焼けるほどに踊る
「はっはっはっはっ!」
ハインリヒは高笑い。
トレッリの背中に汗が伝う。
『追い詰められて、ついにおかしくなったのではないか』
別にない話ではない。
むしろ大いにあり得る。
そこはどうでもいい。
問題はいち個人の錯乱ではなく、
『心の平衡を失った王は、国家の平衡も傾けてしまうのではないか』
ということ(『すでにそうなっている』というツッコミは無粋である)。
もはや自分が追い詰められて叫びたくなるトレッリだが、
「ゼッケンドルフ卿。賭けはオレの勝ちだぞ」
理解不能なりに、ハインリヒ自身は気が確かな様子である。
「むむ」
ゼッケンドルフ卿はシワだらけの顔に険しいシワを増やしている。
一応トレッリだけが過剰に大騒ぎしているわけではないようだ。
しかし、彼にとってそこはどうでもよくなった。
いかに普段人に聞かせる側の奏上官であろうと、聞き逃せないことはある。
「『賭け』とおっしゃるのは?」
おずおずと切り出しつつも、語尾には妙に力が籠る。
聞いていいのだろうか、大丈夫だろうかという不安もある。
それでなお聴きたくなる、興味を惹かれる一面もある。
が、何より、
『この国家のいち大事に。その元凶であるあなたが。
まさかヘラヘラとくだらん遊びをしているのではあるまいな』
そう咎めずにはいられない、国民として譲れない怒りもある。
しかし、その勢いはすぐに引っ込むこととなる。
「あぁ、内容が気になるのか?」
トレッリに勇気がなかったのではない。
ただ、
ハインリヒの方がよっぽど
仄暗い怒りに滲んだ瞳をしていたからだ。
相手の機微を窺うことに長けた奏上官には分かる。
(これは、いっそふざけていらっしゃった方がマシなパターンだ)
早速聞いたことを後悔するトレッリ。
ずっと置き物のように黙しているシュトラッサー卿からも、
『余計な藪を突いたな』
とでも言いたげな横目で睨まれる。
しかし今更キャンセルは間に合わない。
「ゼッケンドルフ卿とな、
『外郭の城壁は短期で陥ちるかどうか』
で賭けていたんだよ」
「そ、そうですか」
「で、ゼッケンドルフ卿は
『ベルノは王国いちの要塞でございます。
外郭のみで半年は堪えてみせましょう』
と請け負ったのさ。
まぁ結果は今オマエが報告したとおりだが」
ハインリヒがアゴをしゃくり上げるような動きで首を回す。
ニヤニヤした顔でゼッケンドルフ卿を見ている。
意外とバカにする様子はないが、卿は居心地悪そうに目を伏せた。
ハインリヒはハインリヒで、いくら『負け』に張ったからといって(国王がそちらに賭ける時点で異常である)。
現状を愉快と捉えているにしろ、怒りが周って笑うしかないにしろ。
正常平常な精神状態とは思えない。
それだけでもじゅうぶん恐ろしい。
繰り返しになるが、国王がイカれているのだから。
だがさらにその先が、二重底があろうとは。
あるのだ。
あるに決まっている。
賭けなのだから。
勝った側であるハインリヒの、
異常者の要求が通されようとしている。
トレッリは逃げ出したくなった。
イヤだ。聞きたくない。
いかに子どもじみた語彙であろうと。
聞こうが聞くまいが結果は変わらなかろうと。
誰が彼の気持ちを否定できようか。
だがもう遅い。
トレッリは逃れられない。
ハインリヒの目が彼を金縛りにする。
『まぁ聞いていけよ』と捉えて放さない。
「もちろんゼッケンドルフ卿には立ち場があるよな。
プロの騎士で方面軍の指揮官でもある男が、
『はい。手も足も出ません』
とは言えんよな。
リップサービスなのはオレも理解しているさ。
にしても、2日で陥ちるものを
『半年保たせる』
なんて言ってしまうのはなぁ?
プロだからこそ許されん、見当違いも甚だしいよなぁ?」
字面だけ捉えれば、ネチネチと嫌味を言っているかのよう。
だがハインリヒの表情は違う。
彼はいかにも
『ミスをジョークにして流してやっている』
とでもいうような態度で笑っている。
(正気か)
今更、何度目の問いかと言いたいが、何度問うても問い足りない。
自身の、国家の行く末を左右することなのに。
しかもマズい方向へ向かっているのに。
どうしてもこうも他人事。
興味がないふうでいられるのか。
あるいは、
「だからな? この1回で『資質に難あり』とは言わんがな?
『外れたオマエの策ではなく、当てたオレの策を使ってみろ』
と。
そういう賭けをしていたんだよ」
兄を殺してでも王位を欲した男である。
『オレが全てをコントロールする』
『オレの人生に関わることはオレが決める』
ハインリヒにとってそれは、身の破滅より優先されるのかもしれない。
おはよう諸君。
フューガ・フォン(たぶん両殿下が保証してくれる)・ミュラーだ。
着替えの最中で失礼する。
ん?
そんなエロいアレじゃないぞ?
もう鎧を着ているところだ。
せっかくの清々しい朝、テントの中で重いもん纏うなんてなぁ。
台無しだよなぁ。
だがまぁ、この程度なら慣れたもんだよ。
人生の少なくない時間を騎士として生きてきたからな。
それに、
『フューちゃーん、準備できてるー? 入っていいー?』
おっと、外からアネッサの声がする。
相変わらず朝から血圧のしっかりした様子だな。
「いいぞ。もう着替えは終わっている」
『チッ、遅かったか』
「あ?」
『なんでもありませーん。入りまーす』
なんか不穏なセリフも聞こえたが無視しよう。
なんなら騎士生活より慣れたもんだからな。
「おはようフューちゃん」
「おう、おはよう」
しかしアネッサはテントの入り口を暖簾みたいに上げるだけ。
意外にも中には入ってこない。
「マリアンヌとツィマー卿はもう集まってるよ」
「すぐ行く」
まぁ私もマントを金具で留めて、もう出るところだからな。
「朝からマメなヤツらだ」
「不真面目なフューちゃんがおかしいの」
「そんなわけあるか」
だってオマエ、
戦争にマメなヤツの方が絶対におかしいだろう。
やっぱり清々しい朝が台無しだ。
何せこれから、
市民の居住区での戦闘が始まるのだから。




