初戦を終えて
「降参しろ! これ以上逃げ場はあるまい!
それとも窓から飛び降りるのか!?
ハインリヒはそこまでする価値のある王か!」
階段の下から上階へ向かって呼び掛ける。
「ぐ……!」
顔は見えないが気配を感じる。
『そこにいる』以上に、追い詰められた気配を。
ついに城壁の守備隊を最上階まで押し込んだのだ。
厳密にはまだ屋上があるのだが。
しかしそれが守備に有利に機能することもないだろう。
せいぜい
『天井がないから長柄武器が使える』
『突き落とすのが選択肢に増える』
くらい。
これを見越して屋上に槍でも蓄えてあったら面倒ではあるが。
こちらは長物捨てて剣で乗り込んでるしな。
だがここまで追い詰められて、その程度で覆せる不利じゃないだろう。
「じゅうぶん義理立てもしただろう! 恥じることはないぞ!」
実はこの状況に至るまで、日を跨いで昼になっている。
狭くてこちらも数や勢いが活かせない。
階段を封鎖されたら、いとも簡単に膠着状態を作られてしまう。
昨日門を破った勢いでは登りきれず、一昼夜の戦いとなっていた。
ゆえに向こうも、心身ともに限界のはずだ。
「……分かった、投降する。
だが捕虜の扱いは」
「捕虜?
私たちは同胞だろう?」
こうして第一関門、城壁西側の攻略は2日で終結した。
非常に好ペース、好スタートである。
その後白十字王国軍はフルール王国と交代。
彼らが先んじて占領していた街のいち区画で睡眠をとった。
「よかったね。私たちが戦ってるあいだにグングン抜け駆けされなくて」
「オマエはもう少しアンヌ=マリーを信用してもいいんじゃないか?」
「私はフューちゃんしか信奉しない」
「おい騎士」
で、我々が休んでいるあいだ、フルール軍は建築工事だ。
いや、建物を作ろうとかじゃない。
城壁はぐるりとベルノを囲む、繋がった線だからな。
西だけ占領しても、廊下を伝って別の方角から敵が攻め返してくる。
取って取り返されてのイタチごっこにならないよう、防御を固めるのだ。
そのためのバリケード設置程度の話。
実際、さっき降伏した騎士たちも逃げ遅れて挟み討ちになった一部だけ。
多くは健在のままなので、敵の数はあまり減ってはいない。
逆襲に来れば苛烈だろうし、というかすでに来ているだろうし、
今後の戦闘はまだまだ激しいことだろう。
その晩のこと。
ベルノ城は夜なお明るい。
外には篝火が、内にはランプが、過剰なほどに焚かれている。
時間帯を差し引いても、人の活動にじゅうぶんな光量はオーバーしている。
なんなら夏の夜にこれだけ火を焚けば、暑苦しい弊害が出そうなほど。
日本と違って乾燥しているため、想像よりはマシかもしれないが。
ここまで読むと、いかにも無駄の塊でしかない。
が、実際は案外、こういうことが必要だったりする。
『意気軒昂』
『勢い少しも衰えず』
『全然平気そう』
『余力たっぷり』
『なんだかんだ、なんとかなりそう』
言い方はいくらでもあるだろう。
そこのニュアンスはどうでもいい。
要は虚勢でも大本営発表でもいいから、市民を安心させること。
これが重要なのである。
万が一、市民が不安から敵方へ鞍替えすことでもあれば。
敵の協力者が増えるだけではない。
第二の防衛線と目しているベルノの街が、そっくり素通りされてしまう。
これを防ぐこともまた防衛術。
燃料の浪費ではなく、戦争の一手なのである。
という明るさ全開アピールのベルノ城なのだが。
廊下を歩く男の表情は暗い。
いや、城内の雰囲気そのものが暗さと重さに満ちている。
乾燥しているはずなのに、妙に体にまとわり付くような。
魔女の森の濃霧を思わせる空気の中、早歩きをする男は
覚えている方もいらっしゃるだろうか。
いつかのときも奏上官を勤めていた、トレッリである。
もちろん覚えていなくとも一切問題はない。
彼は歴史に残らない側の人間である。
そんな悲哀はどうでもいい。
なぜなら彼は、もっと深刻な悲劇の真っ只中なのだから。
トレッリが足を止めたのは、国王が多くの奏上を受ける広間。
ひとり書類の決裁を行う執務室とは少し違う場所。
要は取り扱う問題が違うと思ってくれればいい。
で、ここが彼の通い慣れた職場でもあるのだが。
「失礼します!」
ここ最近は、
「緊急か?」
「ははっ」
「私は退がっておりましょうか?」
「いや、いい」
見慣れない人物がほぼ常駐している。
白十字王国騎士団南方方面軍指揮官、マルクス・フォン・ゼッケンドルフである。
もちろん軍の高官、高位の騎士がいることは、格として何も問題はない。
しかし常駐ともなれば。
これは明らかに、
『ついぞ戦場になったことのないベルノ城が、そうではなくなっている』
ことを示す変化であった。
「で、奏上官。何があった」
それを理解していないのか。
理解したうえで動じていないのか。
玉座に悠然と座り頬杖を突く男、ハインリヒ王。
トレッリは
(不気味だ……)
そう感じる。
底の浅い王も困るが、何を考えているのか、感じているのか。
内面が一切見えない王も、奏上官にはイヤなものである。
怖い。
『いつ何でキレるのか』という、最前線で怒声を聞く身の悲哀もあるが、
この王は何をするのか。
国家を、国民をどこへ導いていくのか。
先が見えない恐怖もある。
特に、血と暴力で王位を簒奪するような人間は。
そんなハインリヒ王に
「申し上げます」
哀れトレッリは報告しなければならない。
「都市外壁及び西門が突破されました」
明らかに相手の機嫌を損ねる内容の悲報を。
「守備隊は奪還を試みているものの、いまだ成功せず。
本日は日が暮れたので、作戦を終了しました。
これは……」
対するハインリヒは。
「どうした。はっきりしろ」
今はまだ意外と落ち着いている。
いや、中身が見えないという意味では『相変わらず』と言えるだろうか。
とにかく、ここでモゴモゴしている方が怒らせるのは間違いない。
トレッリは意を決する。
「奪還は不可能。
陥落、と見てよろしいかと」
まさか急に刃物が飛んでくることはないと思うが。
それでも直視する勇気はない。
トレッリが節目がちにハインリヒの方を窺うと、
「はっはっはっはっ!」
そこには王の内面が表出していた。
『なお何を考えているのか理解不能』
という最悪のかたちで。




