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聖域

『長兄フリードリヒ殿下を弔う』



 これが文字どおりの意味なはずはない。

 むしろ喪主なんか務めさせたら、


『シュヴィーツ王家の正当な第一席』


 という宣言になる。

 アデライド殿下とドミニク殿下におかれてもデリケートな問題だ。

 この流れでカオスな提案はされないだろう。


 てことは。

 この場合はおそらく、



「修道院に、入っていただくということか」



「はい」


 さらりと畏れ多い提案をする女だ。

 畏れ多くはあるが、


「古今東西、王位継承においてノイズとなりかねない者。

 あるいは争いに敗れた者は、

 殺さざるなら出家させるのが俗世の()()()です」


 というのも事実だ。

 聖女のくせによく知っている……

 いや、むしろ受け入れる側の修道女だから、誰よりも詳しいのか。


「文字どおり『家』を『出』る。

 俗世から排除してしまうってことだな」

「はい。俗世にいないのであれば、俗世の世襲にも資格を失います」

「しかし」


 モミアゲが首を捻る。


「修道院に入れば、生涯を神に捧げ、多くの制約を受ける。

 マルグリット殿下はまだお若い。受け入れられるだろうか」


 確かにな。

 自律、禁欲、清貧。

 覚悟と適性がなきゃ耐えられるもんではないし、


 この先何十年、その暮らしが続くわけだ。

 死期の迫った人間が、死後の冥福を求めるのとはワケが違う。


 が、


「神のもとで生涯を(まっと)うするか、

 神のもとへ行き()()()()()()()()()()()


 ふたつにひとつ、とは思いませんか?」


 アンヌ=マリー、異国の人間だからって淡々としすぎだろう。悪魔か。


「私はどちらでもかまいませんよ?

 この件で困っているのはあなたたちなのですから。


 フルール王国としては、そちらの対応に合わせて最大利益を引き出すのみです。

 我々のね」


「うーむ」

「モミアゲ、ここはそうするしかないだろう」

「フロイライン」


 仕方あるまい。

 アンヌ=マリーは


『あくまで最終決断は白十字側ができる』


 ってかたちをとっている。

 一方で


()()国王陛下の耳には入っていない』


 とも言っている。

 これは明確に


『タイムリミットがあり』

『それまでに決断しなければ、


「自分たちで選ぶ権利を放棄した」


 に等しい』

『であれば、



 のちほど我々フルール王国が決めたいかなる決定にも、反対する権利はない』



 という構図を作り出してもいる。


 別に意図的なハメ技ではないだろう。

 誰がやったってこうなるような、自然な流れだ。

 むしろ最初に選択権があるだけ譲歩されている。


 だが状況が状況だ。


「私たちとしても、両殿下に不要な『姉殺し』の汚名を背負わせたくはない。

 だが正直、いらっしゃっても面倒になる。


 出家していただくのが、最も都合がいいだろう」


「しかしねぇ、フロイライン」

「モミアゲ。気持ちは分かる」


 オマエは人がいいからな。

 それだけに忠誠心も強い。


『殿下を王室から追い出す』


 という叛逆とも言える行いには、強い抵抗があるだろう。


「だが、お救いできるのは私たちだけだ」


 たとえこの場はうまくフルールから守りとおせたとしても。


 のちのち白十字王国を立て直したあと、禍根となりかねない。

 本人にその気がなくとも、野心家たちの寄り付く場所となってしまったら。

 第二のハインリヒが誕生してしまう。


 アデライド殿下とドミニク殿下のあいだでも難しい問題だ。

 マルグリット殿下では、より面倒なことになってしまう。


「あとで結局殺すことになっては、これほど無念なこともないだろう」

「……うむ」


 モミアゲも頷いたところで。


「では時間があるうちに手配しよう。

 近くの教会を探して、司祭を手配してもらって」


 忙しくなるぞ。

 と思ったら、


「私、私」

「えっ?」


 アンヌ=マリーが自分の顔を指差している。

 しかも両手の人差し指で、左右から頬を。

 子どもかよ。


「わざわざ呼んでこなくとも、私が香油を注ぎますよ」


 子どもじゃなくて聖女だったわ。


「それは」


 非常にありがたい提案ではある。

 手間が省けること以上に、


「いいのか?



 オマエにも立ち場ってものがあるだろう」



 アンヌ=マリーがマルグリット殿下の出家を執り行うこと。

 それは


『今回のことは白十字が勝手に(おこな)ったことではなく、

 フルール側の意向とも合致するものである』


 ということを担保してくれるわけだ。


 逆に言えば、フルール王国としては一切得しないこの判断を、



「えぇ、聖女としての立ち場がありますからね。

 教えの門を叩く者あらば、教会の扉はいつでも開かれています」



 アンヌ=マリーは空気を読まずに認めてしまったことになる。

 国内での立ち場が悪くなりかねない、大問題だ。


「本当にいいのか? どうして……」


『そこまでしてくれる』とは言えないんだった。


 アンヌ=マリーはニコリと笑う。

 相変わらず表情筋は乏しいが、


「だからあなたは私を誤解している」


 さっきまでの威圧感ある薄い笑みとは違う、

 心から出た温かい微笑みだ。


「助かる命があるから。


 私は聖女なのですよ?

 それを優先して、なんの不思議がありましょうか」


「しかし」


「ですから、私は聖女なのです。

 あなた方騎士とは違う。


 騎士は騎士として生きるゆえに、騎士であり続けなければなりませんが。

 私は戦場をお払い箱になっても、修道院へ帰るだけです。


 何ひとつ失わない。困ることなど()()()()ない。

 あるべき場所、あるべき姿に戻るだけ」


「アンヌ=マリー」


 彼女は()()()と胸を張る。

 自信の表れであり、


『この話はこれで決め』


 と宣言するように。


「重ね(がさ)ね、私は聖女ですから。


 国王といえども国教の信徒なれば、主の(しもべ)であり私が導く者。



 私の『聖女』としての宗教的判断に、一切口を挟ませませんよ」











 昼過ぎ、我々はこの提案をマルグリット殿下に持っていった。

 正直いくら私たち3人のあいだで決めようと、行くのは殿下だ。


『絶対に行きたくない』


 などと騒がれ、岩に抱き付いても抵抗された日には、



 畏れ多くも実力行使



 となる他ない。


 せめて説得で済めばいいのだが。

 モミアゲなどはビビり散らしていたが、



 当のマルグリット殿下ご本人は。


 ひととおりお聞きになったあと、一度だけ長いため息をつき、



『私が王族として王室に残る権利がないこと。相応しくないことは誰より分かっている』

『お受けいたしましょう』

『もう疲れてしまったのだわ』



 とだけおっしゃられた。






 かくしてマルグリット殿下は出家、修道女となられた。

 身を寄せる先をお決めになるのは、内戦が終了してからになるが。



 これをもって、一旦喫緊の神聖鉄血帝国戦の事後処理は終了。

 懸案が片付いた私たちは、






「では、やるか」



 ついにベルノ攻略、ハインリヒ討伐へと着手することになった。

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