綱引き
さて、私たちは神聖鉄血帝国に勝利したわけだが。
次の相手はハインリヒ
のまえに、ちょっとした戦いがあった。
それは
『マルグリット殿下の身柄をどちらが預かるか』。
この場合の『どちら』ってのは、
『白十字王国かヴァリア=フルール王国か』
だ。
そりゃ基本は私たち白十字陣営で預かるのが普通だろう。
マルグリット殿下は白十字王室の人間だし。
戦で勝ち取ってきたのは私率いる白十字軍だし。
だが、今の我々が難しいのは
『実質フルール軍の先鋒』
ということだ。
実質な。
でもよくあるだろう。
名目上、条約上は
『対等な同盟関係』
でも、実態のパワーバランスとしては
『片方が片方の言いなり、部下、属国』
みたいなヤツ。
今の私たちはまさにその状態だ。
フルール王国の支援で亡命し、戦に挑み、勝利している。
援助が打ち切られたらどうしようもない。
だから当然、歯向かってもなんにもならない。
だからもし、
『捕虜、あるいは賓客として、本体のフルール陣営が預かるよ』
なんて言ってきたら、それはそれは面倒なことになる。
『だったらすんなり引き渡せばいいんじゃないのか』
って?
いやいやいや。
それでフルールが鉄血の二の舞になったら困る。
正直言って、私たちは活躍しすぎたきらいがある。
アンヌ=マリーは純粋に称賛してくれるが、フルール高官のなかには
『こんな連中が居座ってちゃ、傀儡政権の邪魔になる』
と思うヤツも絶対いる。
自分で言うのもなんだがな。
ここまでアデライド殿下のご声望が落ちないよう保ってきたのもそうだ。
傀儡政権とはよその国の連中がデカい顔して乗り込んでくるって話だ。
現地民の印象はマイナスから始まる。
だから飾りもののトップくらいは、彼らと縁のある人物でなければならない。
しかしややこしいが、それが正統な王室の人間で、人気も高すぎた場合。
今度は逆に国民が団結しすぎて、ナショナリズムを形成。
独立運動の機運を産んだりもするのだ。
これが現状、アデライド殿下にもドミニク殿下にも可能である。
フルール王国からすれば、このままってのは少し具合が悪い。
そこにマルグリット殿下が現れたらどうだろう。
王室の人間、姉弟の席次も上。
理論的には問題ないどころか最右翼だ。
さりとてすでに鉄血と組み、しかして敗れた陣営でもある。
終戦後、『解放の英雄』として過剰な人気を博したりもしない。
ちょうどいい。
実にちょうどよく小粒なのだ。
そんなおやつが手に入ってみろ。
胃もたれする我々は、齧った挙句生ゴミの箱に入れられるだろう。
堪ったモンではない。
だから翌朝、アンヌ=マリーのテントへ向かう途中。
「殿下の前では口が裂けても言えんが。
マルグリット殿下には、乱戦の中で消えていただいた方が、
政治的には正しかったよな」
モミアゲの隣でボソッとつぶやく羽目になるのだ。
「誰の前でも言えないよ。不敬罪どころじゃない」
「反逆罪だな。
だがオマエの前なら言える」
「……フロイライン! そこまで私のことを信頼して……!」
「誰ぞに聞かれて話が漏れた場合、オマエの発言だったことにさせてもらう。
私のためだ。死んでくれるだろう?」
「邪悪な信頼!!」
いっそマルグリット殿下の代わりにモミアゲが死ねば解決せんだろうか。
とかいうのはさておき。
「『私とオマエの仲だろう』
で、どこまで押せるかな」
アンヌ=マリーがなんと言ってくるか。
私は戦場よりドキドキしながら、テントの入り口をくぐるのだった。
「マルグリット殿下を奪還したそうですね」
初手かぁ。
そりゃ耳に入っていないわきゃないが、初手かぁ。
私が席に座るなり。
レディ・ファーストで待っていたモミアゲはまだの早さだ。
丸テーブルに肘をつき、口の前で指を組むアンヌ=マリー。
そんな威圧感出すなよ。
顔も声も怖いぞ。
『かわいいのが台無しだぞ☆』
とか茶化したら許されるかな。殺されるかな。
さて、どう弁明したもんかね。
モミアゲと視線をチラチラ交わしていると、アンヌ=マリーの追撃が入る。
「そんなイチャイチャなさらず、質問に答えていただきたいものですがね。
『はい』か『いいえ』で答えられる内容なのですから」
「ははぁ」
モミアゲの誤魔化し笑いもあの顔じゃ、右耳から左耳へ抜けている。
「でしたら、答えがどちらでも構わない言い方をしましょう。
私もフルール王国の軍人としてここにいます。
その立ち場から言わせていただきますと、
『マルグリット殿下の身柄を拘束次第、我々の陣営にご招待したい』
ということです」
ほら来たほら来たそうら来た。
なんと言って切り抜ける?
泣き落としか?
天才的頭脳が、土壇場で完璧な理論を打ち出すか?
モミアゲのモミアゲ剃って許してもらうか?
諦めるか?
袂を分かって徹底抗戦か?
とりあえずモミアゲは殺しておこうと剣に手を掛けたそのとき、
「というのが、フォーマルな私からのお話なのですがね」
不意に、アンヌ=マリーの声が柔らかくなる。
目を合わせると、乏しい表情筋なりに優しく笑い、組んだ指も解いている。
まさか、
「まぁ言うまでもなくマルグリット奪還は私も知っているんですよ。
そのうえでですね。
実は、当然と言えば当然なんですが。
この話、まだ国王のお耳には入っておりません。
昨日の今日ですしね」
その言い方が含む意味。
それはただひとつ。
「ですので私はこの件について、
陛下の正式なご内意を存じ上げないのですよ」
『今ならまだ、何をしても』
『たとえフルール本国の意向に沿わない決断をしても、
“現場が下した最善の判断”
で言い訳ができる』
ということだ。
アンヌ=マリーは私たちに手を差し伸べている。
『今なら私の裁量で都合よくまとめてやれるぞ』
と。
「……どうしてその話を私たちにする」
『そこまでしてくれる』とは言わない。
せっかく向こうが濁しているんだ。
『こちらの利益になる提案』と確定させては、相手の立ち場に悪い。
それを汲み取ってか、アンヌ=マリーの笑みがより明るくなる。
「まずはハインリヒを倒さねば、私たちの投資も皮算用も全てパーでしょう?
こちらとしてもそこまでは協調したい、
友好関係を壊したくはないのですよ」
「なるほど」
クレバーではある。
が、やはり賢い以上に優しい。
こういうところは、放火魔になっても聖女なのかもしれない。
そんな優しいついでに。
アンヌ=マリーはテーブルに軽く身を乗り出す。
「それで、
『マルグリット殿下をいかにするべきか』
について、ひとつ提案があるのですが」
「お聞かせ願おうか」
私の返事に頷く笑顔。
慈悲深いのか、計算高いのか。
正直分からなかった。
ともあれ内容自体は非常に、
「父と長兄を弔っていただくのはいかがでしょう」
聖女らしいものではあった。
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